律背反

 

 

憎い


貴方という存在が憎い


貴方のその幸せそうな笑顔が憎い


私を守る貴方が憎い


貴方という全てが憎い


貴方が好きだから、貴方が憎い






 薄暗い大部屋に私はいた。
「――報告は以上です。オルドレイク()
「うむ。以降も監視を続行せよ、我が娘」
「…了解しました」
 父、オルドレイクは私に振り向くと、大仰そうに頷いた。それに対して私は小さく一礼し部屋から退出しようとしたが、踵を返した私に彼は声をかけた。
「対象に情でも湧いたか?」
「―――――!」
 その言葉に一瞬身体を強張らせる。しかし、それは一瞬だけで私は振り向かないまま冷ややかな口調で言葉を紡いだ。
「まさか。私は、己の犯した失敗の償いを果たすだけです」
「フン・・・まあ、よい。それはそれでよい手段(・・)になるからな。
 かの力が手に入るために必要とあらば、恋仲にでも娼婦にでもなれ。
 それがお前に課された命題だ」
「――――それだけですか? ならば、私は失礼します」
 私は頭をたれて短くそれだけ言うと、そのまま部屋を退出した。



私は人形だ


ただ操られるだけの人形


父娘とは形だけ


私はあの男の道具に過ぎない


だから、そこに私の意志なんてあるはずがない


私も何とも思わなかった












彼に出逢うまでは









「―――どうしたんだ? クラレット」
「えっ?」
 私はぼんやりしていたのか、ハヤトは私の顔を覗き込んでいた。彼はペンと用紙を手にしている。
 ――そうだった。今日は高等召喚術について彼に教えるんだっけ
 ぼやっとした頭でおぼろげにそう考えていると、いよいよハヤトの表情は心配そうになり私を見つめている。
「大丈夫か? どこか調子悪いのか?」
「い、いえ…そんなことはありません。
 少し気が抜けてただけですよ。すみません」
「いや、別にいいけど…本当に大丈夫?」
 何か釈然としていない様子のハヤトを誤魔化すように、私は取り繕った笑みを浮かべた。
「大丈夫ですって。
 …では、勉強を再開しましょうか」
「げっ!? もうかれこれ三時間になるぜ!?
 ほ、ほら、リプレが作ってたクッキーも、もうそろそろ出来上がる頃だろ?
 休憩がてら、食べようぜ?」
 ハヤトは慌てて両手を胸の前で振った。たしかにずっと召喚術の理論を頭に詰め込んでいるのだから、彼でなくても参るだろう。
 確かに彼は実践して学んだ方が早く吸収するが、それでも最低限の知識は詰め込んでおかないと…と思ってこうして勉強していたのだが。
「ふふっ、仕方ありませんね。それに私も小腹が空きましたし・・・」
「だろ? じゃ、きゅーけい!」
 嬉しそうに笑うハヤト。こちらまで心が明るくなってくる。


そんな心が私を変えてくれた


何も感じなかった私に様々なことを教えてくれた


そんな貴方が私は好き






けれど、それと同時に


憎くもある


ソレだけだったら良かったのに、と思う


けれどソレだけではない


どれだけその笑顔が私を苦しめているのか


貴方は知らない



 美味しそうにクッキーを頬張るハヤトを見ながら、私は急にむなしくなった。
 何故かは解からない。…いや、原因はわかる。
 今の私の立場だ。
 私は彼を…いや、彼らを欺いている。
 それがどんなに卑しく、厭われることか、私は知った。
 彼らとのぬくもりの中で知った。
 私は彼らに裏切って欲しくない。あの男のように何も感じない道具のように扱って欲しくない。
 だから、これほどまでに心が苦しい。

 いっそのこと、せいぜいあの男の望む道具として役目を果たした後、死んでもいいと思っていた。
 そうすれば、この私を束縛した鎖から解放され、私の裏切りに悲しむ彼らの顔を見ることもない。
 だが、私の心は苦しいままだ。
 こうして、私の苦悩は永遠に螺旋を描く。


 そして、ハヤトがその笑みを私に向ける度に、私の心は揺れ動いてしまう。
 “道具”としての私にも、“フラット”としての私にもなりきれない。
 私の苦しみも、悩みも、全て消してしまいそうな私の好きな彼の笑顔。
 だからこそ、憎い。
 簡単に割り切れないから、だから苦しんでいるというのに。

 そして一番の要因は私は彼の思い描いているような純粋な人間ではないということだ。
 もし、彼の思い描くような純粋な人間であるのならば、どんなにステキなことだろうか。
 けれど、現実は真反対だ。
 それでも、私は彼を好かずにはいられない。
 だから、自分が憎くてしかたがない。
 だから、そう思っている彼が憎い。


 

これ以上、私に笑顔を見せないで。


これ以上、私に優しくしないで。


これ以上、私の心を惑わさないで。


私を憎んで。


私も愛しい貴方を憎んでいるのだから。



だから、私はあの笑顔を壊したい


あの人の笑顔を壊せば、私も苦しまなくてもいい


愛しいから憎い


貴方が私に笑顔を向けなくなるのは寂しいけれど


悩まなくていい


そう


・・・悩まなくていい





 俺たちは勉強を再開するため、俺の部屋に戻ってきた。
「はぁ、喰った喰った!
 おいしかったな、あのクッキー! さすが、リプレって感じだよな!」
「―――そうですね」
 俺は首を傾げる。クラレットの声に抑揚が不自然なほどにない・・・まるで感情さえも抑えているような言い方だったからだ。
 まるで、出逢ったときの、どこか俺たちとクラレット自身が隔離。
「どうしたんだ? 俺、何か言ったか?」
 何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。そんな覚えはないのだが。
 けれど、クラレットは虚ろな瞳で俺を眺めるばかりで何も反応はしなかった。
「おい、本当にどうしたんだ? 大丈夫か、クラレット?」
 俺は彼女の肩に手を置いて揺すろうとした。しかし、その手は彼女の手によって遮られた。そして、ぎゅっと力を込めて、俺の手を両手で握った。
「・・・クラレット?」
 俺は彼女の顔を覗き込んで、ぎょっとする。彼女は口の形は笑みを浮かべていると言うのに、涙を流していたからだ。そして彼女は口を開く。

「私は、貴方が憎いです。
 壊したいほど、貴方のことが好きだから。
 私は貴方を―その笑顔を壊したい」
 突然、彼女の言葉に身が固まる俺。どう反応してよいか、解からず俺は自分のベッドに腰をかけ、どういうことか訊ねようとする。
「一体…どういうことだ?」
 しかし、彼女は何も言葉を返さず、俺に近寄る。そして――
「私は、貴方の思うような人間ではない、ということです。
 こういう風に――…」
 どさっ。
 俺は女の子であるクラレットにベッドへ押し倒されてしまう。俺の視界には俺の顔を覗き込む彼女の顔があった。
「私は、リプレのような―このフラットのような、温かい人間じゃないんです」
 彼女は両手で俺の頬をはさみこみ、じっと俺の瞳の奥をのぞく。
「卑しくて、汚れて、罵られるようなそんな厭われる人間なんです。
 だから、貴方も私を嫌って、憎んでください」
「解からないよ・・・クラレット」
 俺はクラレットが何をしているか、何を言っているか分からない。けれど、彼女が悲しんでいることぐらいは解かった。
「俺はキミを嫌いになんかならないし、そんな人間だとも思わない」
 すると彼女は嬉しそうな、それでもどこか怒りがこめられたような表情を浮かべた。
「・・・これでもそんなことが言えますか?」
 彼女は俺のシャツを肌蹴させながら、俺の唇に自分のそれを落とした。
「私は貴方が好きです。けれど、私のことをそう思う貴方が憎い。
 私を罵ってください。嫌いだと仰ってください。
 でないと、私は貴方のことを傷つけてしまう。私は貴方の(・・・)私でなくなる。
 私は好きな貴方を傷つけたくない・・・!」
 彼女は細い指を俺の身体をそっと撫でる。啄ばむように俺の唇を吸う。
 そんな彼女の瞳からはただただ涙があふれこぼれていた。
「もう、私は私を止めることができません・・・。
 私は、もう―――!」




私は、心優しい彼を冒涜してしまった


私は、醜い自分を止めることができなかった


最悪だ


もう、残された道は一つしかない



堕ちるところまで堕ちてやろう

 

 

 

あとがき

ということで、訳の分からないダーククラレさんでした。

好きなのに憎い。裏切りたくないのに裏切っている。嬉しいのに、苦しい。

タイトルの“二律背反”はそんな感じでつけました。勿論、本来の意味とは少し違ってきますが。

でもって、確実にこのクラレさんは<魔王>ルート行きですな。そんなEDがあったらですけど(笑

 

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