ウェイディングドレスの純白には、「貴方の色に染めてください」という意味があるらしい。
だとしたら、それは純白ではなく、ただの無色なのではないのではなかろうか。
悪にも善にも、黒にも白にも、そして束縛にも幸福にも染まりあがるただの無色。
それを「純白」と呼ぶのは、女性がそれに対して夢を持っているだけであり、現実がそうであるのか、否かは分からない。
染め上げられたウェイディングドレスには何があるのだろうか。
結婚という幸せだろうか? それとも結婚という束縛だろうか? あるいはその両方なのか?
罪が赦されるのならば、私はどちらでも構わない。
私が彼のものになることに抵抗は無い、むしろ……
それは、私の正体―無色の派閥の首魁オルドレイク=セルボルトの娘だということ―がばれた日のことだった。
「ごめんなさい…。」
「…別にいいよ。
君が何者であろうと、クラレットはクラレットだ。」
私は彼の部屋で二人っきりになり、今まで彼に秘密にしてきたこと全てを彼に話した。
けれど、彼は私を責めるわけでもなく、優しく微笑んでくれた。思わず、私は感謝の言葉を紡いでいた。
「ありがとうござ…」
「けれどさ。」
しかし、それは彼自身の言葉により遮られた。
「君が俺を騙したことは確かだよな?」
「…!?」
その言葉を理解するのに、私は数秒かかった。当然言われるであろうと予想はついていたのに。
その言葉は重く、深く、鋭く、私の罪悪感を呼び起こした。
「俺は君の事を信じていた。
何があろうとも君の事を信じようって。
本当、別に君が誰であってもいいんだ。
だけど俺が許せないのは、君が俺を騙していたということなんだ。
オルドレイクの娘だから、無色の派閥の召喚師だから、俺をこの世界に喚び出して利用しようとしたから、でもない。
ただそれだけのことで許せないんだ。」
私の瞳からは涙が自然にこぼれていた。
こうして糾弾されることは分かっていた。だが、彼に責められることがこれほど辛いとは思っていなかった。
「泣かないでくれよ。まるで俺が君をいじめているみたいじゃないか。
君が……俺に相談してくれなかったから。
俺はどんな事実でも受け止めようとした。実際こうやって君の事を理解している。
だけど、だけど…君はそれを裏切った!」
彼は俯き、机を揺らすほど力いっぱい叩き、私はその音に身を竦ませてしまった。
「俺は君の大切な人だと思っていた…。
誰にも相談できないことでも、俺だけには話してくれると思ってた…。
結局それは俺の自惚れだったというわけか。」
自嘲気味に彼は嘲(わら)った。その時の私にはまだ、彼の瞳に昏(くら)い灯が宿っていることに気がついていなかった。
「ち、違います! 貴方は私の……大切な人です!」
思わず、彼に叫び返してしまった。しかし、少しして自分の驕りに気がついてしまった。
なぜ彼を「大切な人」と言い切ってしまったのだろうか? もしそうであるのならば…
「だったら!
だったらさ…なんで相談してくれなかったんだよ…?」
彼の言葉は私にとって図星だった。もし私が彼を「大切な人」だと認識していたのであれば、本当の事実も彼に話すことが出来ていたはずだ。
それでも私はそれを否定したかった。あれは仕方が無かったこと、と自分の弱い心が言い訳をしてしまう。
そう、私は強い人間じゃない。弱いのだ。
しかし、彼はそんなことは関係ないと言わんばかりに、言葉を紡ぐ。
「君は俺のことを信じなかっただろ?
俺が君のことを責めるとでも思ったか? そんなわけないだろ!
だって、俺たち仲間じゃないか!
なのに…君は、今になって…、他の当事者―オルドレイクが出てくるまで何一つ語らなかった。
俺は君の口からはっきりと言って欲しかった……。
君は俺を裏切ったんだ…!!」
「……ッ!」
何も言い返すことは出来ず、私はただ涙をぼろぼろと流すことしかできなかった。
何もかもが彼の言う通りなのだ。 反論の余地すらない。
どうしてこんなことになってしまったのか、頭の中はパニックを起こしてしまっていたが、私はその言葉を口に出してしまっていた。
「私を見捨てないで…お願い……!」
私が紡いだその言葉。
それが免罪符を求めていることは頭の中では理解していた。それが卑しいことだということも。
だけど、私はその言葉を出さずにはいられなかった。
なぜなら本当に彼だけには捨てられたくなかった。
生まれてから必要とされたのは、魔王の器となるこの身体のみ。本当の私を必要としてくれたのは彼が初めてだった。
毎日彼らとふれ合うことで、私は本当の温もりを知り、本当の「自分」を探すことができた。
そんな毎日を失いたくはなかったのだ。そして彼に必要とされている「自分」も。
「俺だって君のことを見捨てたりはしないさ…。
けれど、君が俺のことを信じてくれないならそれも無理かな…。」
彼は重いため息を一つつくと、こちらを見ながらなげやりに呟いた。
私を見つめるその瞳には、侮蔑と憐憫の交じり合った光がぼんやりと揺らいでいた。
そんな目で見ないで…!
私は一体……
「私は一体どうすればいいのです!?
どうすれば、貴方に許してもらえるのですか!?」
俺は彼女を許すつもりはあった。というよりも、本当はそんなこと気にしてなかったような気がする。
けれど、どうしてだろう…彼女をあまりにも愛しいと思うからか、黒い衝動が俺を駆け抜けた。
彼女を自分を裏切らない束縛された存在にしてしまいたいという衝動が
だから、その欲望を満たすためならばどんなことでも平気で言ってしまえる。
「俺だけのものになるっていうのなら。
俺以外に頼ることは許さないし、俺に頼らないのも許さない。
クラレット、君が俺だけのものになるって誓えるのなら許すよ。」
俺はにっこりと微笑んでそんなヒドイことを言ってしまったのに、冷淡に彼女を眺めていた。
当然こんな言葉を受けた者は誰だって憤怒することだろう。俺は、彼女にぶたれるなり、泣かれるなりすると思っていたが、彼女の行動は俺の予想外のものだった。
「…!?」
彼女はゆっくりと俺の顔に手を添え、俺の唇に彼女のそれを押し当ててきた。
甘い、刹那の温もり。
だが、それとは反比例するように、俺の心の中にはさらに黒い何かが生まれた。
自分でも気がつかないうちに心の中ではほくそ笑んでいた。
「これで…いいですか?」
私は頬を紅潮させながらも彼に問いた。彼は前髪で表情を隠したまま沈黙を守ったままだった。
私は自分でも気がつかないうちに、その行動をとっていたのには驚いていた。そんな行動を取ってしまった自分に、侮辱も悲しみもあったが、少しだけ嬉しかった。
そして彼がゆっくりと口を開いた。
「ああ…。
これでこれからは、クラレット、君は俺だけのものだ…。
でも、物足りない…。
だから、もっとその誓いの証をみせてもらうよ。おいで…」
これ以上踏み込んだら決して戻れなくなる。彼という名の束縛から…。
そう自覚しながらも、私は彼の甘い声を聴きながらゆっくりと彼に自分の身体を預けていた。
私の「無色」は、たった今彼によって、「束縛」という色に染め上げられたのだ。
あとがき
黒ハヤト×クラレさん。私のSSでも珍しく、ハヤトが攻めです。ええ。
本当はトウヤさんのほうがこういうのには向いてはいると思うんですが、何せ私ハヤクラスキーですから。(笑
実はこれ、男性向き(要するに子供は見ちゃいけません的な話)だったんですけど、このままじゃあ何処にも出せなくなりまして、こうしてカットしぎりぎりのところまで下げました。
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