聖なる夜に鈍感なあの人は
君の微笑む顔がとても綺麗だったから
陳腐な言葉だけど、それしか俺の頭には浮ばなかった。
だけど、独り占めにしたいぐらいの美しさがそこにあったから、
本当に、その言葉しか思い浮かばなかった。
「はぁ〜、やっと二学期も終わりか」
ぐっと背伸びをしながら、俺は椅子にもたれかかった。
「だな。 そういや、今日はクリスマスイブだったっけ。
新堂、何か予定あるのかよ?」
「んなもんあるわけないだろ?
彼女なんていねえし」
話しかけてきた級友に俺は肩を竦ませながら苦笑して答える。
「そっかぁ?
ほら、一年生の絵美ちゃんとかはどうなんだよ?」
そいつはにやにや笑みを浮べて、俺を肘で小突くマネをする。それに対し俺は呆れ、ため息をついた。
「絵美とはそんなんじゃねぇよ。あまり邪推するなよ」
「まぁ、いいけどよ。
それにしてもな〜、こんなクリスマスの夜に樋口さんと過ごせたらなぁ〜♪」
恍惚とした表情で、口からは涎が垂れている。全くどんな妄想をしてるんだか。
樋口綾――このクラスの図書委員兼生徒会役員。頭脳明晰、才色兼備、まさにそんな言葉が当てはまる。その性格や容姿から、この学校ではマドンナ扱い―つまり憧れの的で、時々先輩からも告白されるらしいがその度に断っていると言う。
俺は性格が彼女と全く違うためか、二年間同じクラスだというのにきちんとふたりで話したことは無い。せいぜい、挨拶をするぐらいだ。
そんな俺が彼女と初めて出会ったのは、実はこの学校の高校入試の日になる。
彼女は見た目よりもドジみたいで、石か何かつまずいて彼女の筆記用具が飛び散ったのを俺が拾うのを手伝ったのがその時だった。
『あぅ……す、すみません』
『いや、別にいいけど…大丈夫か?
…って、膝から血が出てるな。
参ったな…俺ポケットティッシュ持ってないし…あ、そうだ』
そのとき俺は持っていたハンカチを取り出し彼女の膝に巻きつけた。
『ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、応急手当。
あとからちゃんと手当てしてもらいなよ』
『あ、は、はい…ありがとうございます』
それが始まり。たぶん、彼女はこんなこと忘れてるんだろうな。
まぁ、大したことじゃないから別に覚えていて欲しいとか恩を着せるようなことは思わないけど。
そんなこんなで二年。それ以来まともに話していないっていうのはやっぱり変かな…。
まぁ、俺もそれを思い出したのもつい最近だし。
「まあ、諦めろ」
「…くぅ!」
俺は妄想をしている級友に対し、ニ、三度軽く叩くと、ヤツは腕に顔を伏せると泣くマネをした。
「そんな妄想は止めて、今日はカツヤも誘って、部活の帰りにラーメンでも食べにいこうぜ?」
「…そこが妥当な線か」
そいつはため息をつくと、コクンと頷いた。
そんなこんなで。
約束どおり部活帰りにラーメンを食べに行った。その後は皆ばらばらとなり、俺は街をぶらっと歩いていた。
「にしても…カップルが多いなぁ」
行き交う人々、どうも男女の組み合わせが多いのは気のせいではないだろう。
そんな中を独り歩く俺にとっては街のイルミネーションがいやに寂しい。
「はぁ…妹にクリスマスプレゼントを買って、さっさと帰るかな」
あの生意気な妹に何を買えばいいのかは分からないが、何も買わないままだと文句を言われるのは目に見えている。まっ、クマのぬいぐるみとかそこらあたりが妥当なところだろ。
「や、やめ…っ!」
と、あれこれ考えているその時、聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。
「……?」
どうも気になる俺はその声がした路地裏を覗き込む。すると、そこには俺よりも少し背が高い男三人が長髪の女生徒――樋口綾の口を押さえてどこかへ連れ去ろうとしていた。
「なっ…樋口さん!?」
「…っん! し、新堂くん…助けてっ!」
樋口さんは男たちの手から顔を振りほどき、俺に向かって助けの言葉を叫ぶ。
次の瞬間、俺の身体はすでに動いていた。
持ち帰っていたバスケットボールを思いっきり男の一人にぶつける。見事顔面をヒットし、相手を怯ませる。
俺は側にあった鉄パイプを握り、その男の背中を叩きつけると、そのまま横にいた男の横っ腹に、鉄パイプを横一文字に薙ぎ食い込ませた。
手加減はしていないので、かなりのダメージは与えられたはずだ。
そしてもう一人。あっというまのことに唖然し脅え、そのまま逃げていってしまった。
俺は他の二人が倒れている隙に、樋口さんの手を取りその場から逃げ大通りへと戻ろうとしたのだが、どうも襲われたショックで足が振るえ立てないらしい。
「仕方が無い…樋口さん、ほら!」
「え、えぇ!?」
俺は無理やり彼女を背負うと、その場から一目散に逃げ目論見通り、大通りへと出ることができた。
「はぁ…ここならあいつらも追ってこないだろ」
「ありがとうございます……」
ショックからまだ立ち直っていないのか彼女の声は少し震えて小さかった。 俺はとりあえず、ベンチのある場所まで彼女を背負いそこに降ろした。
しばらくの沈黙。
その間、俺はぼんやりと目の前を行き交う恋人たちとイルミネーションを眺めていた。
折角のクリスマスイブなのに、それとは裏腹に気分は最悪だった。
突然のことにビックリしているのもあるが、樋口さんがこんなことに巻き込まれたというのが最もの要因だった。
クラスメイトを傷つけたというのが一番許せなかった。できることならアイツらが樋口さんに謝るまでパイプで殴り続けたかったが、さすがに本気になったら男二人相手には勝てない。
彼女を背負って逃げることが俺に出来た最大のこと。なんだか情けないなぁ…。
ん…? 俺が怒ってるのは『クラスメイト』が傷つけられたからだよな?ならそれが最大限だったんだからいいんじゃないだろうか?
別に樋口さんの前でカッコつけたったわけじゃない……よな?
あれこれ俺が考え込んでいると、樋口さんが口を開いた。
「…助けていただいて、本当にありがとうございました。
もし、助けてくれていなかったら…っ!」
まだ落ち着いていなかったのか、彼女の口調は今にも崩れそうなほど弱々しく、震えていた。
そしてついに泣き出してしまった。
「…っふぇぇ…ん…うわぁああん…っ!」
周りの人々から好奇の視線が寄せられる。こっちを見るなと怒鳴りたいところだが、泣いている彼女をこのままにしておくわけにもいかない。
…うーん、どうしたもんだか。よし、小さい頃妹が泣いてた時によく使ってた手をやってみるか。
「ちょっと、ごめん」
「……!」
俺は自分自身に言い聞かせるように頷くと、彼女の体を抱きしめた。ますます周りから見られているような気がするが、気にし始めると恥ずかしいので、俺は顔を彼女の髪に埋めた。
しばらくすると周りのヤツらも飽きたのかすでに俺たちを見るヤツはいなくなった。
「……落ち着いた、樋口さん?」
「ええ、ありがとうございます…」
若干声が小さかったが、彼女の体の震えは止まっていたので、俺は彼女から体を離した。
「…恥ずかしくありませんでした?」
「う゛…それは聞かないでくれ…」
俺は自分自身の行動を思い出し、顔を真っ赤にさせてしまった。小さいとき、よく泣いていた妹を落ち着かせるにはこれが一番だった。まるで魔法のようにすぐに泣きやみ、次の瞬間それまでとは打って変わりにっこりと笑っていたものだ。
しかし、それほど親しくない異性にやるってのはやっぱりまずかったかなぁ…。
「これで助けてもらうのは二回目ですね」
「二回目…? …もしかしてあのときのこと、まだ覚えてたのか?」
「勿論です」
きっぱりと言い切って、にこりと微笑む彼女。
あまりにも真っ直ぐ俺を眺めるので、耐え切れず俺は彼女から目を逸らし顔が真っ赤になっているのを悟られないようにした。
「知っていましたか?
私、ずっと貴方のことが好きだったんですよ。
もちろん、今もですけど」
頬を紅潮させながらの突然の告白。
本当に突然すぎて、俺はぽかんと間抜けに口を開けたままだ。
「…あの時助けてもらってからずっと貴方のことが好きでした。
覚えてなかったらどうしようって今まで言い出せなかったんですけどね」
ここまで堂々と告白されてしまったら、男としての俺の立つ瀬が無い。
樋口さん、それはずるいよ。
…今気がついた。
俺が怒ったのは『クラスメイトが傷つけられた』からじゃなくて、『好きな人を傷つけられた』からなんだ。
そうか、そういうことか。結局俺は彼女のことが好きなんだ。
「今更だけどさ、俺も君のことが好きだよ。
気がつくのが遅すぎたかもしれないけど…。
あ〜あ…自分でも気がつかないなんて本当俺って鈍感だよなぁ」
苦笑しながら夜空を見上げる俺。すると、樋口さんは頬を染めたまま面白そうにクスクス笑いを溢した。
そして俺に聞いた。
「あの…私だけのサンタさん?」
「はい、なんでしょう?」
おどけた様子で俺は言葉を返す。
「サンタさんにお願いがあるんですけど」
「こんな鈍感なサンタに出来ることがあれば、なんなりと」
樋口さんはにこりと微笑むと、その願い事を口にした。
「私の名前を呼んで…もう一度、私を抱きしめてくれませんか?」
そう恥じらいながら微笑む君。
君の微笑む顔がとても綺麗だったから
陳腐な言葉だけど、それしか俺の頭には浮ばなかった。
だけど、独り占めにしたいぐらいの美しさがそこにあったから、
本当にその言葉しか思い浮かばなかった。
「…勿論。
貴方のことが好きです、綾」
「はい…!」
彼女が嬉しそうに微笑む顔を見つめたあと、俺は彼女をもう一度抱きしめた。
あとがき
リサイクル品その4。ハヤアヤ。
やっぱりクリスマスネタは、クラレットよりもアヤさんの方が書きやすいと。
ハヤクラとは違って、完全にハヤトが攻めてます(笑
キスまで持ち込もうとしましたが、さすがに、展開が早すぎる様な気がして、抱きしめる、というところまでにしておきました。
妥協ではない…はず。
ちなみに、ハヤトの言っている妹というのは、春那のことデス。
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