ノグラス

 

「―――ホシ」

 私は深い闇のなか、まるで自己を懸命に主張しているかのように灯かりを燈す星々を眺め上げていた。

 何も深い意味はなく、ただその名称を言葉として発音してみる。

 なんてことはない。自分にクラレットという名があるように、ソレにも名があるというだけのことだ。

 けれど、本当は「ホシ」と一括りにされてしまっているソレも、「ホシ」という他以外にも本当の何か別の名前を持っているかもしれない。

 生物学上「ヒト」とされている存在が、個々に別の名を持つように。

 無論、人が名づけたホシ個々の名はあるだろう。しかし、それは所詮人間が与えたもの。ホシのみならず、クサ、ハナ、キ・・・それらには人間と意思疎通できる手段がない。

 そして、それらは、人間が便宜上そう呼んでいるだけであって、あるかもしれない彼らの本来の名はその名によって上書きされているかもしれない。

 そう、されているかもしれないし、されていないのかもしれない。

実際、こんなことを考えているのは私ぐらいで、客観的に見ればどうでもいい、瑣末なことだ。

 

 

 けれど、私がもし「クラレット」でなければ、何か変わっていたのかもしれない。この名とて親から与えられたに過ぎない――――もっとも、あの男を親と呼ぶべきか甚だ疑問ではあるが。

 もし、私が「クラレット」でなければ、彼を裏切らずに済んだだろうか。

 もし、わたしが「クラレット」でなければ、彼を傷つけずに済んだだろうか。

 もし、ワタシが「くられっと」でなければ、彼を穢さずに済んだだろうか。

 もし、私がワタシでなければ、彼と出逢わなくて済んだだろうか?

 

 

 ―――本当にどうでもいいことだ。

 たしかに名は己が己であるために大切なことではある―――が、彼に言わせれば、私はワタシ、「くられっと」は「クラレット」なのだろう。

 未だワタシの中ではっきりと、彼に依存せずにその存在を確立できていない「くられっと」

 他人から見てそこに確かに自己確立し存在する私、「クラレット」

 どちらとも私/ワタシであり、音にしてしまえばどちらも同じクラレット/くられっとだ。

 彼曰く、「クラレットはクラレット、何も変わらないよ」だそうだ。

 だから、彼が何も厭わないのであれば、私は「クラレット」という存在に満足すべきなのだろう。

 

「―――ふぅ」

 彼にしてみればどうでもいいようなことを、私が色々考えてしまっても意味がない。

 おそらく、私という個人は、彼という個人に依存することによって、成立してしまっている。

 だから、彼が私を必要だとしてくれるならば、それで十分私が「クラレット」である理由には足る。

 他人からしてみれば、不健全な関係かもしれない。自己確立ができていないというのは、思春期の少年少女ならあり得ることではあるが、彼らとていずれかはアイデンティティというものを、己自身で探り見つけだしてしまうだろう。

 だが、私にとって自己確立するそのアイデンティティは、彼にしかありえない。彼がいるから私がいる。彼がいなければ、私はいないのも同然。

「―――ふふっ」

 思わず苦笑がこぼれてしまう。以前なら有り得ないこの事象。

 それが彼と出逢ってしまってからすっかり変わってしまった。彼と出逢う前はそれこそアイデンティティというものはなく、ただ単にあの男の道具でしかなかった。

 つまり、カラ。何も入っていないただの器。

 まさに魔王の器となるのなら打ってつけだったかもしれない。

 

 彼はそんな器に「感情」という温かい水を注ぎ、満たしてくれた。空の器にはその存在意義がない。その中身を満たされたとき、器と言うものは己の存在を意味果たすことになる。

 だから、私が彼という存在によって、自己が成り立つというのもごく自然なことなのだ。

 もし、彼の存在が私の目の前から消えてしまった時、彼が私に注いでくれた水はこぼれてしまい、私という器には何も残らなくなってしまうだろう。

 ここまで他人に依存しているのは私ぐらいなものだろう。

 しかし、だからといって私自身を貶めるつもりはない。「クラレット」と「くられっと」が一致していないとしても、私は私だと彼は言ってくれた。

 彼の言葉はそれだけで私の器を満たしてくれる。その彼の言葉を否定するということは、私自身を否定すると言うこと。自ら破滅を選ぶ愚かな人間はいない。私とてそうだ。

 しかし、彼のためならば、私はそれを厭わない。私の行動原理である彼。そのためならば―――

 

 と、そこまで考えて、やはり自分は依存しすぎかもしれないと思った。

 依存していることで彼に迷惑をかけているとしたら、本末転倒、それこそ自己嫌悪に陥ってしまう。

 とはいえ、彼に面と向かって「私は迷惑ですか」と訊ねたならば、彼はそれを否定してしまうだろう。そういう人だ、彼は。

 

 だから、私は今、彼に恋している。

 

 私という器を満たしてくれた彼に、私は恋している。

 もっとも、その感情を恋だというのかどうか、今までそれをしてきたことのない私には判断がつかないのだが。

 彼と一緒にいるだけで、私は満たされる。彼の笑顔を見ることができるだけで、私は世界を敵に回してでも、彼のために戦える。

 

 だから―――彼を私だけのものにしたいという気持ちも浮かんでくるのも当然だと思う。

 

 彼が他の女の子と話をしているだけで、私の心は痛くなる。そして、その次に浮かんでくるのは、私だけを見ていて欲しいという浅ましい独占欲。

勿論そんなことは、傲慢にもほどがあると自分でも思っている。だが、思っているというだけで、その想いをどうこうすることはできない。

 

リプレ。

 フラットで見事に母親役を果たしている彼女も、女の子らしく彼に恋愛感情を持っているようだ。

 もちろん、彼本人はそんなこと気がついていない。いや、鈍感を装って女の子の気持ちを弄んでいるのかもしれないが、彼はそういう性格ではないことは私も彼女も知っている。

 だが、同じ人物に恋しているもの同士、私が彼に、彼女が彼に、恋していることはお互いに感じ取っていた。

 だから、私はあの娘に嫉妬する。

 だから、あの娘は私に嫉妬する。

 

 それは恋の好敵手という生易しいものではない。お互いを憎んでいると言ってもいいほどかもしれない。少なくとも私はそう思っている。

 しかし、同時に私たちはお互いが好きでもある。

 私の長所は分からないが、彼女も私を必要としてくれているし、私も彼女を必要としている。

―――となると、やはり私たちは好敵手となるのだろうか?

 

 分からない。けれど、私と彼女のなかで、彼という存在が大きなウェートを閉めている。だから、お互いに憎しみを抱いている――――が。

 

 私と彼女の間ではそんなことは瑣末なことかもしれない。

 言葉にするには少し難しいが、彼女は私に温かみをくれた大切な人。もちろん、彼は私にとって特別な人だけれど、彼女もまた私にとって別の特別な人であるのは変わりない。

 だからだろう。嫉妬していることには違いないが、それもまた、彼女への、私への愛情だと思えるのは。こうやってお互いに嫉妬することが楽しい。

 つまり、彼女にもまた恋愛感情に似た感情を抱いているのかもしれない。

 

 とにかく、今の私はとても満ちている、幸せだということだ。

 私を一人の女の子として受け入れてくれる、この環境に生きているということは。

 私を満たしてくれた人と、私を大切にしてくれる人がいる。

 

 私/ワタシ――クラレット/くられっとは、幸せだ。

 

 

 

あとがき

 なんだかわけ分からない文字列になっちまいました。マジで。

 理解不能な文字列で正直ゴメンナサイ。

 多分、リプレ→主人公←クラレットかつクラレット×リプレみたいな。

 うーん、初めて同性同士のこういうの書いたかも。

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