きっかけは些細なことだった。
 それは街道での、はぐれ召喚師との戦いの最中で起きた。

「ぐぁああっ!?」
「ハヤト!」
 油断してしまった。
 本来なら回避できるはずの相手の攻撃をまともに喰らってしまい、右肩に傷を負ってしまい、そこからは黒がかった血が流れでていた。
「ガァアアアアアッ!」
 相手―リザディオは咆哮をあげると、よろめいた俺を狙って爪を振りかざしそのまま振り下ろした。
「かはっ――……!」
 きちんと構えを取れていなかった俺はそのまままともにヤツの攻撃を受けてしまい、膝を地についてしまい、その場に倒れてしまった。
 意識が暗転しそうになる。

 ――…ダメだ。このまま意識を失ったら、やられる…!

 だが俺の身体は思うようには、いや少しも動かすことはできなかった。どうやら先ほどの一撃は大分身体に効いたみたいだ。

「ハヤト! ハヤトッ!?」
 ああ…クラレットの心配そうな声が聞こえる――…
 ごめん、クラレット――…結局キミを守れないで…
 でも心配するな。きっとガゼルたちがキミを助けてくれる――

 そこで俺の意識は途切れた。



 再び目を覚ましたのはフラットの自分の部屋のベッドの上だった。
「目が覚めたの!? よかったぁ…」
 まず目の前に飛び込んできたのは心配そうに俺の顔を覗き込んでいるリプレの顔だった。
「リ、プレ――…? 俺、一体……?」
 俺、リザディオにやられたはずじゃあ?
 そう思いながら右手を開いたり閉じたりしてみる。まだ少し傷みは走るものの動かせないほどではない。
 すなわち、生きているということだ。
「ああ…ガゼルが俺を助けてくれたのか…」
 あとで礼をいわなくちゃな、ガゼルは照れて拒絶するだろうけど。
 そんなことを思いながらリプレに微笑んでみせる。と、彼女は複雑そうな表情を浮べて何かを言おうとしてためらっている。
「……? 何かあったのか? そういえばクラレットは?
 クラレットの心配そうな声が最後に聞こえたからさ、心配かけたことを謝らなくちゃな……ってどうした、リプレ?」

クラレット、という言葉が俺の口から出た瞬間、彼女の肩がびくりと震えた瞬間を俺は見逃さなかった。

リプレはその質問に答えるかわりに、俺から目を逸らした。それが何を意味をするのか、その時の俺にはまだ分からなかった――いや、ただそれが不吉な何かを示していることだけは見て取れた。

 言いよどんでいた彼女だが、しばらくすると少しずつ語りだした。

…あのね、傷ついて倒れたハヤトを助けたのはクラレットなんですって」

「クラレットが? 召喚術で、だろ?」
 リプレは黙って首を横に振る。

「違うの…いつもクラレットは護身用に短剣を持っているでしょう?
 それで、そのハヤトを襲おうとしたはぐれ召喚獣を…一突きで殺したんだって」
 殺した、という言葉に少々驚きを隠せないが、獰猛なはぐれ召喚獣から身を守るためにどうしても彼らの命を奪うことはある。
「それだけで…?」
「それだけじゃないの」
 リプレはハヤトの困惑を断ち切るようにはっきりと口にした。
「ガゼルの話によると、彼女一人で他のはぐれ召喚獣を軒並み殺したっていうの。 それも信じられないぐらい的確に。
 シノビであるシオンさんも驚いてたみたい…」
「…それで、クラレットは?」
「貴方がこの世界に来た…あのクレーターで待ってる、って」
 それを聞いた俺はおもむろに立ちあがり、そのまま飛び出そうとしたが、傷の痛みが身体中を走りぬける。
「ちょ、ちょっと…! 無茶はしないでよ!?」
「ああ、分かってるって…じゃあ、行ってきます」
 俺は上着を羽織ると、自分の部屋を出て行った。

「いいな、クラレット…。 ハヤトにあんなに想われて…って、やだ! 私、何言ってるんだろ!?」
 ハヤトの後姿を見送ったリプレはハヤトのベッドの寝転がりながらそう呟いていた。その呟きはもちろんハヤトには届くことはなかったが。





 俺は息をつかせながら荒野を走る。身体中に痛みは走るが、待っているクラレットのことを思うと、立ち止まるわけにはいかなかった。
 しかし、俺の行く手に立ちはだかるモノが現われた。
「グルルルルッ!」
「こんな時に……!」
 そこにははぐれ召喚獣が群れていた。基本的にはぐれ召喚獣は人間に対して友好的ではない。「はぐれ」となる原因を考えれば当然のことだが。
 どうやら平和的にここを通してはくれないようだ。
 俺は素早く鞘から剣を抜く。はたして、今の俺にこの数を退けることができるかというと難しい、だろう。
 だが、クラレットが待っている。そう考えると、不思議とこの数も倒すことができるような気になった。

「グギャアアァ!?」
 だが、次の瞬間、つんざく様なはぐれ召喚獣の断末魔が虚空に鳴り響いた。そいつの頭は胴から離れ、道端に転がる。
 そいつが倒れて、姿を表したのは…クラレットだった。一瞬彼女と目があう。そして、少し待っててくださいね、と言わんばかりに俺に微笑むと、彼女はすぐに鋭い顔つきとなった。
 はぐれの敵意はクラレットへと向けられ、全員が彼女に襲い掛かっていった。
 だがしかし、そんな彼らを嘲笑うかのように彼女は笑みを浮かべると、ふたたび短剣を握りなおした。
「ガァアアアァッ!!」
「甘いですよ…」
 クラレットは次々に襲い掛かってくるはぐれの猛攻を、まるで舞踏をしているが如く軽やかにかわし続ける。
 そして、ためらわずにはぐれを次々に斬り伏せていく。そこには、いつも穏やかな笑みを浮かべているクラレットの姿はなく、残酷なほどに冷徹で冷ややかで爛々と輝いている瞳を持つ少女の姿がそこにはあった。

 俺はただそれを呆然と眺めているしかなかった。
 俺は、普段控えめで穏やかな彼女が、今目の前の惨劇を作り出しているというギャップが恐ろしくもあり、それでいて彼女の舞踏に魅了されているのもたしかだった。

 ある者は片腕を斬り落とされ、ある者は内臓を貫かれ、ある者は腹を裂かれ、短剣ではなくまるで大剣で斬られたような剣戟が彼らを襲った。彼女が舞を踏むごとに死体が出来上がる。

 そして――…。

「終わり、ですね」
 彼女がそう呟くとともに、最後の死体が出来上がった。
 そして、俺はふたたび彼女を見やる。彼女の衣服は鮮血によって染め上げられている。勿論彼女自身のものではなく、先ほどまで生きていたはぐれのものだった。
 血で塗(まみ)れた彼女の姿は戦乙女を彷彿とさせるほどに、神々しいほどに美しく俺に思わさせた。


 しばらくして、俺はクラレットと共にあのクレーターまで来ていた。当分の間、ふたりとも沈黙していたが、クラレットの方から先に口を開いた。

「私、ハヤトが倒れたとき、世界が崩れたような気がしました」
「そんな大げさな…」
 俺は曖昧に笑って、クラレットを眺める。だが、彼女は真摯な眼差しで俺を見つめていたので、俺は気まずくなった。
「ご、ごめん…」
「いえ。ただ、私がそう思ったのは事実です。
 貴方がいない世界に、私の生きる理由はないのですから」
 何気に凄いことを言われてるんじゃなかろうかと俺は思っていたが、黙って彼女の言葉の続きを聞く。

「だから、私は決めました」
「…何を?」
 彼女の口から発せられたその言葉は、とても強い意志を持っているように思えた。そして俺は尋ねた。
「何を決めたんだい?」
「私は決してハヤト…あなたを離さないと。
 そのためなら何も厭わない。たとえ命だろうと、何であろうと。
 私は貴方に守られているだけでは嫌なのです。
 私も貴方の剣となりたい。だから……私は貴方を」
 そこまで言うと、彼女は短剣を自らの人差し指に切り付ける。勿論そこからは血の珠が生まれる。そして彼女はその血を吸い口に含むと……

「んッ!?」
「……私は貴方を愛します。
 貴方の痛みは私の痛み。 貴方の悩みは私の悩み。
 そして、貴方の幸せは私の幸せ。
 そう、私が決めました。 だから、それを望みます…ダメですか?」
「俺の答えはYES、だよ」
 突然の告白。
 俺は口内に流し込まれた彼女の血をそのまま飲み込むと、そういう言わざるを得なかった。
 すると彼女は頬を紅潮させ、嬉しそうに微笑んだ。

 まるで宝物を見つけた子どものように――…

 

 

あとがき

クラレ×ハヤト。

まあ、速水のあっちゃんの如く、絢爛舞踏状態に。

だんだん、私のなかでクラレさんがヒーローになってきています。ええ。

鈍いハヤトはヒロイン?

あ、ハヤトが口移しに血を飲まされたのは誓いの儀式みたいな感じで受け取ってもらえれば。

決して男性向きにしようと思ったわけじゃありませんヨ?

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