カン、カン、カン

 

 真夜中の暗闇の中、アスファルトを蹴り走る音が響く。

 その足音の持ち主は十代後半の女性だった。しかし、その可愛らしい顔は恐怖の色で彩られている。

(助けて、誰か!)

 女性は恐怖で声にならずとも、心の中で叫んだ。自分の命を脅かす存在が迫ってきていることがありありと実感しているからだ。

 息を切らせながらも、その存在から逃れようとする。そして、どうして自分がこんな目に逢わなくてはならないのか、運命を呪った。いつも通りに暮らしていただけなのに。友達とショッピングに行って、カラオケで遊んで、他愛も無い恋愛話をして―――

「ヒッ!?」

 その時、何かに足を掴まれた。刃を思わせるような鋭い痛みを伴うほどの冷たさが彼女の足を伝う。窮地に追い込まれたとき、不思議なくらい冷静になる人間がいるという。彼女もそのタイプの人間だった。自分の命が奪われる――そうはっきりと感じた。そして次の瞬間、彼女はその何かに――命を奪われた。

 

 

 

 

「・・・ぇ・・・ね・・・ねぇ・・・ねえってば!」

 ひときわ大きな声が俺の耳に入ってくると、次の瞬間、ちんっと凄い痛みが背中を走った。

「痛っ・・・ってええっ!? 何しやがる!

「ほらっ、昴! いつまで寝てるのよ もう授業終わっちゃったよ?」

 背中を叩かれ、俺、白鳥昴はその張本人――俺のすぐ後ろで腰に手を当てて見下ろしている女生徒を見上げた。

「朔夜、もうちょっと手加減ぐらいしろっ ただでさえお前は馬鹿力なんだから、そのうちけが人が出るぞ!」

「ああ、その点は大丈夫。私、昴にしかやってないから」

 だろうなぁ。そう思いつつ、俺はしかめ面でその女生徒を上から下まで眺めた。

 黒沢朔夜。俺の幼馴染…というよりは腐れ縁で、小学校から今の高校二年までずっと同じクラスだ。短く切りそろえられたショートヘアと眼鏡、大きな瞳。やつの容姿的特長をあげるとすれば、それらだろう。

彼女は運動神経抜群、スタイルよし、頭脳明晰。それに人望も厚い。そこだけを見たら、まさに学園のアイドルなのだがそこがうまくいかないのが、世の常。こいつ、他人の前では猫を被ってるくせに、俺が相手だとこうも俺の繊細さというかなんというか、そういうものを無視して、ストレートすぎるぐらいに接してくる。

 ああ、ここで淡い恋愛感情を抱いているからだろと思った諸君、残念ながらそれだけはない。考えてもみてくれ。そんな感情があれば、相手の前ではもっとおしとやかに恥らうはずだろう?

 それがどっこい、こいつにはそんな恥じらいだとかそういう様子を見たことは一度もない。それに、長いこと友人として付き合ってきたため、今更そんな感情が浮き出ることもない。まあ、俺だって一時はこいつにそういう感情を持ったこときしにもあらずだが、鈍感なこいつは気付くはずもなく、勝手に俺のなかの感情は冷えていた。と言ったらカッコイイかもしれないが、実際は相手にしてもらえなくて拗ねただけだけどな。

「それはそうと、今朝の新聞読んだ? ニュースでもいいや」

「・・・ん? 何かあったのか?」

 こいつはそう!と真剣みを帯びた表情で俺の顔を覗き込んでくる。

「それが昨夜、この学校の女生徒・・・ほらA組の灰崎さんが二丁目で殺されたの!」

 俺はそれに対して多少衝撃を受けたものの、へぇと言うしかない。だって、その女生徒には悪いが、まったく知らなかったし、いくら安全大国だといわれている日本だとは言え犯罪が年々増加しているのは事実で、そんなことをいちいち気にしていたらまともに学園生活を送れるはずがない。しかし、朔夜の次の言葉が俺に緊張感を与えた。

「・・・これが初めてじゃないのよ。ここ数日、連続してこの街の人間―それも女生徒が殺されてるの

 灰崎さんで七人目。たしかにこれがもっと各地方に分散して起きていたら私だって何にも思わないけど、この町内だけでよ? おかしいと思わない?」

 ・・・それは確かに俺も変だと思う。偶然にはできすぎちゃいるし、その人数が半端じゃない。そして相手は女生徒ばかり。怪しすぎる点はたくさんある。

とはいえ、俺は漫画の主人公みたくずば抜けた推理力を持っているわけではないし、それを未然に防ぐような力があるわけでもない。

「・・・まあ、俺たちがとやかく言っても仕方がねえだろ

 俺たちができるのは、自分の身に気をつけることぐらいだろ。あとは警察に任せておけばいいさ」

 年々犯罪が増加しているとはいえ、日本の警察は優秀ではある(と信じたい)。だから、俺たちのような一般庶民が首を突っ込んでどうなるわけでもないし、邪魔になるだけだ。

「・・・まあ、そりゃあそうだけどね」

 どこか釈然としていない様子の朔夜は、落胆するかのようにため息をつくと自分の鞄のなかに教科書などをつめこんでいく。

「・・・お前何してるんだ?」

「何言ってんのよ。言ったでしょ、授業は終わったって。いい加減目を覚ましたら?」

 ・・・はいはい。もう一回背中をぶたれたくないしな

 

 さて、下校がてら俺自身について少しばかり話しておこう。とはいっても自慢して話せるようなことはないのだが。

 俺、白鳥昴、17歳。祖父母、両親、俺、姉弟の七人家族。これがまたけったいな家族で、祖父母は骨董屋・・・は普通なんだが、父親は世界中を駆け巡る冒険者、母親は剣術道場師範代、その力を一番に受け継いでいそうな暴走機関車こと姉の樹、反抗期を迎えたのか最近俺に話しかけてくることさえない特技は剣術の弟の翔。そして、本当に何の取り柄もない俺、昴。

 自分の家族ながら俺を含めて本当にけったいな家族だ。特に俺、まるで朔夜と対照的なぐらいに、自慢できるようなところはない。たとえば、運動能力は人並みだし、学術で言えば下の上ぐらい。特技も何もなく、生きがいを見つけているわけでもない。

 ――…あー、やめやめ! なんだか自分で言ってて悲しくなってきた!というか不毛!

 

 そうこうしているうちに家が見えてきた。年代を感じさせるような木造建築の骨董屋、それが俺の家だ。

「ばあちゃん、ただいま!」

「おや、お帰り。さくちゃんも一緒かい?」

「ええ、おばあちゃん、こんにちは」

 俺は店番をしていたばあちゃんに声をかけると、ばあちゃんは穏やかな笑顔を浮かべて俺たちを迎えてくれた。朔夜は本当に人の良さそうな笑顔を浮かべると、お辞儀をして挨拶をした。・・・こいつ、本当に俺以外には猫かぶるのな。

 

 朔夜はばあちゃんに上がっていけと誘われたが、あいつは用があるといってとっとと自分の家―といっても隣だが―に帰っていった。

 俺はというと、さっさと着替えて、ばあちゃんの手伝いをしていた。どこをほっつき歩いてるか分からない父親や、道場で忙しい母親の代わりに俺がこの店を手伝っている。じいちゃんは今身体の調子が悪く、姉の樹や弟の翔も大学や部活動で忙しくらしく、今手伝えるのは俺しか居ない。そう思うと、やっぱり俺も誰かの力になれるだなと自信があふれてくる。

 ・・・と商品の出し入れをしていた時、俺は一振りの鞘に納められた剣を見つけた。装飾が施されており、そのせいなのかどうかは分からないが、その剣は『女性』だとふいに思ってしまった。・・・いかん、剣に性別をつけるなんてどうかしてるな、俺も。

しかし、その剣に俺はしばらくずうっとその剣に見惚れていたらしい。らしいと言うのは、ばあちゃんに声をかけられるまで気付かずにいたからだ。

 

その夜、俺はジュースを買いに近くの自動販売機まで出ていた。さすがに時間も時間なのか、人影ひとつなく今日も静かな夜だ。

・・・静かな夜? 俺は思わず夜空を眺め上げた。空は曇っているのか、月の光どころか星ひとつない。静かであるはずがない。近所の犬の鳴き声や、車のエンジン音一つすらしないというのはおかしすぎる。それに見上げた空。夜空というよりは・・・たとえるなら暗黒に近い。

不気味だ。俺は一足でも早く、自分の家に戻りたいと思った。こんな緊張感、今までに味わったことがない。そして引き戻そうとした、次の瞬間。

きゃああああっ!」

女の子の叫び声が聞こえる。まるで何かに襲われているかのような・・・・・・な、なんだっ? もしかして朔夜の言ってた例の殺人犯か? た、助けなきゃ!

 ・・・と、そこで俺の足が踏みとどまる。行ってどうするだ? 助けれるという保障はないし、逆に返り討ちにされるのが関の山だ。

 

 だけど

 

 女の子と一緒に逃げることはできるはずだ!

 

 本当は逃げたくてしょうがない。だって何があるか分からないだぜ? 男だって怖いモンは怖いさ! けれど、じゃあ家に帰りましょうかときっぱりすっぱりと決断できるほど俺も人間ができていない。

 ああ、どうせちっぽけな正義感だろうさ。だけど、自分にできることをほっぽりだして、他人を不幸にさせることは俺にはできない!

 

 

闇夜のなか、俺はただひたすらにアスファルトの道を蹴って疾駆する。ひたすら声の聞こえてきた方角に向かって―――

そして曲がり角を曲がった時、悲鳴をあげた女の子を発見することができた。彼女は腰を抜かしているようで、ただ怯えている。そして彼女の視線の先には・・・ゾンビ!?

 あちこち皮膚は腐っており、目はむき出しになっており、全身から発せられる臭いがきつく俺の鼻を刺激する。これを見たら百人中九十九人(ひとりぐらいはどうせ仮装でしょとかいうヤツはいるかもしれない)が、ゾンビだと答えるだろう。

まさか、ゲームじゃあるまいし・・・とにわかに目の前の光景を信じられない俺だったが、今はただ俺にできることの全てを全力でぶつかって解決するだけだ。

 

「うぉおおおおっ!」

俺は雄たけびをあげながら、そのゾンビに突撃する―――わけもなく、素早く腰を抜かしている彼女の手を取ると、ゾンビの横をかいくぐって真っ直ぐに駆けた。

 ゾンビはゾンビらしく、動きがのろくどんどんヤツとの差が開いていく。しかし、どんなに走ってもヤツは獲物を探知するような能力でもあるのか、迷うことなく俺たちを追いかけてくる。

 このまま無事に逃げられるかどうかは正直分からない。というのは、俺に手をつかまれている少女は既に息を切らせており、俺にひっぱられてついていくというのがやっとのようだ。けれど、ここでスピードを落とせば確実にヤツに捕まる。だからといって、この娘をおぶっていたりなんかしても同じことだ。

 俺は迫りくる脅威に、素直に恐怖を感じていた。捕まったら命はない・・・まさに命をかけた鬼ごっこだ。

 

くそぉっ! こういう時、小説や漫画ならカッコイイヒーローが現われてアイツをやっつけてくれるのに!

俺は来るはずもない架空の人物に助けを求めた。・・・自分でもバカだと思う。さっきからいくら助けを呼んでも近所の人間も、警察も来る気配がない。

 

怖い。

 

俺の心を支配するのはただそれだけだった。もしかしたら、俺がつれているこの少女よりももっと怯えていたかもしれない。彼女は俺を頼りにしているからか、すこしはマシだろうが、俺には頼る人間がいない。俺がしなくちゃならないだ。俺がこの娘を導いて逃げなきゃいけないだ。

・・・そうだ、俺がやらなきゃならないだ。怯えるのは仕方がない。だが、諦めちゃいけないだ!

そう自分に言い聞かせると不思議なもので、だんだんと俺の心に勇気の灯火が宿るのを感じた。暗雲に差す一条の光・・・そう感じた。

 

けれど、その光は再び暗雲が覆ってしまった。

俺たちの前にブロックの壁が立ちはだかる。しまった・・・何も考えずに逃げ回ったから、いつのまにか行き止まりの道に入ってしまってたようだ。慌てて振り返ってみると、のろのろと、しかし確実に歩み寄ってくるゾンビの姿が確認できる。

絶望でしかない、この状況は。隣の少女が俺を「どうするの?」と不安そうに見上げるが、そんなこと俺の方が知りたい! そりゃあ、姉さんや翔のヤツなら、(あの滅茶苦茶な姉弟のことだから)剣を手にとって戦うだろうが、俺にはそんな技術も勇気も、そして剣さえもない。

 素手で戦うという方法もあるが、勝てる相手ではないということは、武術の素人である俺にもわかる。恐怖と焦燥が俺のなかで渦巻き、高まる。しかし、それと同時にある意志がだんだん強まっていった。

(諦めたくない、絶対に諦めたくない! 俺は死にたくないんだッ!!)

 歯を喰いしばって、ゾンビに跳びかかろうとした次の瞬間、まばゆい光が俺の目の前で弾け、真っ暗闇を明るく照らす。そしてその光が晴れたと思ったら・・・そこには一人の女性が白い気・・・とでも言うのだろうか、それを発しながら悠然と浮かんでいた。

 磁器を思わせるような白い肌、宝石のように輝く銀の髪、それらと対比するかのようなはっきりとした黒い瞳。抱きしめたら折れそうなほどの細身。神秘的な美しさを持つ彼女が他の女性と違っていたのは、尖った耳と六本の指だった。

「・・・・・・・・・」

 その女性はぞっとするぐらいの穏やかな笑みをゾンビへと向けると、軽く手で空を薙ぐと一閃。ゾンビの身体は何かにずたずたに切り裂かれ、断末魔をあげながら四散してしまった。その何かが何であるかは分からなかったが、その女性がその何かをしたのははっきりと理解できた。

 唖然とする俺と少女。女性はくるりと俺たちのほうへと向き合う。先ほどの笑みは既になく、ただ無表情で冷淡に俺たち・・・いや、自意識過剰かもしれないが俺を眺めていた。

 俺はどうしたらいいのか分からなく、「ありがとう」と礼をしてみた。けれど、彼女は反応せず、まるで品定めするかのような視線で俺を観察する。

 そして、彼女の言葉から出た言葉は。

 

「・・・あなたが本当にわたしのマスター? そうには見えないけど、まぁいいわ」

 

 ・・・何なんだ、この女性(ひと)?

 

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