Kiss Kiss
Kiss!〜She wants to know〜
ふとしたことがキッカケで始まる恋もあれば、
とんでもないことがキッカケで始まる恋もあるわけで。
ある日の午後
ストラの鍛錬をしていたカイルの部屋にある人物が駆け込んできた。
「おっ、スカーレル。どうしたんだ、そんな汗びっしょりでよ?」
「・・・少しね、追手に追われてたのよ」
スカーレルは額に浮き出る汗を拭いながら、普段の彼からは想像できないような精悍な笑みを浮かべている。
それに対して、カイルは慌しくスカーレルに近寄ってくる。
「お、おい! まさか、【紅き手袋】とかいうヤツらがまだこの島に残ってやがるのか!?
くそっ、そんなヤツら、俺が・・・・・・むぐっ!?」
大声を出して叫ぶカイルに、スカーレルはその手で口を塞ぐ。首元には短剣の刃が突きつけられている。
「静かにしてちょーだい。
それに・・・アイツらの方がよっぽど素直で可愛いわよ…!」
スカーレルは吐き捨てるように言うと、スッとカイルから手を退ける。そしてようやくカイルが小声で彼に訊ねる。
「元暗殺者なんだろ、お前・・・。 そんなお前にそんなことを言わせるなんて一体相手は誰なんだ?」
「それは・・・危ないッ!」
スカーレルは突如、カイルを抱えて横に跳ぶ。すると一瞬遅れて、そこを銃弾が貫いていた。
続いて、カイルの部屋に、船の窓の硝子を蹴り破ってくる一つの人影が転び込んできた。
スカーレルは咄嗟にソファーの影に隠れる。その横で、カイルはただ呆然とするだけである。
「まだアタシを追う気―――看護士さん?」
スカーレルはソファーに背を預けたまま、襲撃者に声をかける。するとその襲撃者から声が返ってくる。
「勿論です。
私の目的はまだ達成されてはいないのですから」
「クノン!?」
声から判断したカイルが思わずその名を叫ぶ。
「カイル様、忠告しておきます。
邪魔はなさらないでください。邪魔をするならば、こちらも考えねばなりませんから」
「ちょ、ちょっと待てよ!
何でお前さんとスカーレルとが戦ってんだよ!?」
思わずソファーの陰から出そうになったが、スカーレルに取り押さえられ何とか留まったカイルは、意外そうにクノンに訊ねる。
そんな彼を無視して、スカーレルが彼女に声をかける。
「まさか銃も持ち出してくるとは計算外だったわ。アナタ、銃は扱うことができなかったんじゃないの?」
余裕を感じさせる言い草だが、実際には彼の右手には短剣が握られていている。彼が短剣を持つのは戦いの時か、またはよほどのことが無い限りは出さない。
それほどまでのことをクノンは彼にそうさせているのだ。
「ええ。ソノラ様に頼んだところ、快く教えてくださいました。
まだ上手く狙いが定まらないのが難点ですが、機械人形である私にとってはある程度データが取れればそれだけで十分人並みには撃つことは可能です。
確かに、このハンドガンタイプ・・・殺傷能力はそれほど高くはないのですが」
「手段は選ばない、ってことね」
スカーレルの頬につっと一筋の汗が垂れ落ちる。そして短剣を握り締める力も自然と強くなる。
そして、彼はソファーの陰から飛び出した。
と同時に射撃音が何度も室内に鳴り響く。スカーレルはその内の幾つかを短剣で叩き落すが、流石にさば切れないものもあり、頬や腕をかすめる。
「くっ・・・!」
「戦闘モードへ復帰します。
Target Lock On――SET、ATTACK!」
一発の銃声とともに、両者は動いた。初発が外れることはクノンは承知の上であった。クノンはスカーレルの言っていた通り、通常は銃は扱わない。しかし追うものとしては遠距離を攻撃するためにはそれも必要だった。
だが、現状のように接近戦では銃は必要としない。むしろ、彼女にとってはコレからが勝負だった。彼女の得物は槍。対してスカーレルの得物は短剣。間合いから考えてスカーレルの方が不利と見えるが、懐を取られたら形勢逆転されてしまう。
クノンはハンドガンをホルダーに収納すると共に、反対側の手に構えていた槍をスカーレルに突き出す。しかし、そこにはすでに彼の姿は無い。
「スキだらけよ―――シャアッ!」
「ガッ・・・!?」
彼は既に彼女の後ろにまわりこんでいた。そして、思い切り短剣を打ちつけると、彼女はずざっと床にずられながらその場に倒れた。
「はぁ、はぁ・・・ッ、アナタという娘が見誤ったわね。アタシ、クロックラビィを憑依させてるのよ…」
彼もまたカベにもたれかかりそのままその場に腰を下ろして、呼吸を落ち着かせる。すると、すぐさま、彼の意識も闇へと落ちていった。
「お、おいっ、スカーレル!
クノン!」
その場をただ呆然と見守っていたカイルはすぐさま彼らを担ぎ、ラトリクスのリペアセンターまで運んでいった。
「一体どういうことなの!?」
数十分後、ラトリクスのリペアセンターに怒声が鳴り響く。もちろん、ラトリクスの護人、アルディラである。
その傍らでは、レックスが苦笑を浮かべながらその様子を見守っている。
「すみません・・・・・・」
しゅん、と肩を落としながら謝るクノン。それに対し、怪我の治療を機械たちにされて、情けなく叫び声を上げているのはスカーレル。
「ちょ、ちょっと、アンタたち、少しは優しくしなさいよ!
あ、痛、いたたたっ!?」
「コレモ治療デス。
我慢シテクダサイ」
「まったく、何があったんだ?」
今度はレックスが呆れたかのような声で二人に尋ねる。そしてスカーレルが答えた。
「元と言えばアンタたちのせいよっ!
―――痛ぅっ…!」
彼は憤慨しながら、治療中にも関わらず、レックスたちに叫びを上げる。
「はっ? 俺たちのせい?」
急に自分たちに話を振られたので、レックスは動揺するばかりである。
しばらくして、スカーレルの治療が終り、落ち着いた彼はこうなってしまった原因を話し始めた。
「この間、アタシがクノンに小説を返してもらいに行った時のことよ。ほら、センセとアルディラもいて、覚えているでしょう?
その時、クノンがキスについて聞いてきたでしょ?
まあ、あの時すぐさまアタシとクノンは外へ行くふりをして、ドアの外からセンセたちの様子を見ていたわけよ。
どうせなら実物を見せた方がいいと思ってね」
「この間・・・?
―――あ゛っ!?」
レックスはしばらく考え込んでいたが、ようやく思い出し、顔を紅く染まらせる。
「ままま、まさか!
あの時見ていたのか!?」
「ええ、その通りよ。
昼間から見せてくれたじゃないのよ、セ・ン・セ♪」
彼独特の言い方で、レックスの脇を小突くと、一瞬にしてげっそりとした表情になった。
「そのとき、それを見たクノンが実際にやってみないとわからない、って言い出してね。
アタシにキスを迫ってきたわけよ。
何とか今日まで逃げ切れたわけだけどね」
「ああ、道理で。
最近、スカーレルの行動が挙動不審だったのはそのせいだったのか」
なるほどと言わんばかりに、ぽんと手を叩くレックス。それは良いが、一人わなわなと震えている女性が。
「あ・な・た・た・ち〜?」
アルディラがこれ以上とない笑顔で、スカーレル・クノン両名を睨みつけていた。何気に闘気を形成しているようにも思える。
「に、逃げるわよ!
クノン!」
「え、えぇっ!?」
スカーレルはクノンの手を取り、ラトリクスから一目散に逃げていった。
「まったく・・・」
「まあまあ、アルディラ」
残されたのは憤然と腰に手をあてるアルディラと、苦笑を浮かべて彼女をなだめるレックスだけだった。
「はぁ、なんでこんなことになったんでしょうねぇ」
気がつけば岩浜まで逃げてきてしまっていた。スカーレルとクノンは岩に腰をかけながら休息をとる。
すでに夕日は沈んでいて、月が顔を見せていた。
「すみません、私のせいで」
相も変わらずしょぼんと肩を落としたままのクノンは、スカーレルに謝罪の言葉を口にする。
「アラ、そんなことはどうでもいいのよ。
でも、こういうことは本当に好きになったオトコとした方がいいの」
「す、き?」
まるで赤子が初めてその言葉を口にするかのように、クノンは呟く。
「そう、そればかりは自分で体験しなきゃね。その時までキスもお預けよ」
「『好き』ですか・・・機械人形である私にそんな相手が現れるでしょうか?」
クノンはすでに暗闇と化した空を見上げながら呟いた。
「ええ、『好き』という感情の前に人間も機械人形でも関係ないのよ。
ましてや…アナタみたいな女の子ならね?」
スカーレルはそっと彼女の頬を撫でる。少し冷たいが、それでも人間のそれと殆どかわらない。
「そ、そうなのでしょうか・・・?」
「そうね、アナタにもくる時が分かるわよ。『好き』と思った相手が現れたその時には。
それに、アナタみたいな純粋な娘には幸せになってもらいたい」
いつになく、真剣な眼差しで自分を見つめてくるスカーレルに、どこかクノンは見惚れていた。
「私が・・・純粋?
まさか・・・私はただ心を持っていないだけです」
「持っているわよ、そうやって何か知りたいという欲求。それもまた人間の持つ心よ。
大丈夫、アナタは確実に成長しているわ」
にこりと微笑んで、スカーレルは夜空を見上げる。
「――紅い手袋を外してもアタシの手は、べっとりと血に濡れているわ。
そうあまりにも血に汚れてしまった。
だからなんでしょうね、アナタみたいな娘に余計に幸せになって貰いたいと願うのは」
すると自嘲気味の笑みをクノンに向ける。すると、クノンも、スカーレルを見据える。
「――しかし、血は洗い、流し、清めることができます。
誰だって、汚れは落とせるものだと、私は思いますが?」
次の瞬間、彼の顔はハッとしたような顔つきになり、ふたたびクノンを見つめる。そこには微笑を湛えたクノンがいた。
「私はまだ人間の感情は分かりませんし、勉強している途中です。
ですが、それを知ろうとすることは人間の感情だとアナタは言ってくれました。
それでも、キスを知ろうとすることはいけませんか?」
スカーレルは不意をつかれたような顔で唖然とする。が、すぐさま、苦笑を浮べ、口を開く。
「バカな娘ね、教えてもらうのなら他のオトコでも良いじゃない?」
「貴方が良いんです」
キッパリと断言するクノン。そこには少しはじらいが見えたような気もした。
「仕方が無いお姫様。
後悔しても知らないんだから」
白蛇はそっと、純粋なる姫君に唇を落とした。冷たい姫君の唇も白蛇の温もりを受けて熱を持つ。
そんな二人の影を月光が照らしていた―――
あとがき
『Kiss Kiss Kiss!〜Lovechain〜』の続き、というかアナザーサイドです。
終盤はレクアルよりもシリアスぎみになったような気がしますが、基本的にラヴ甘めデス。
しかしそれにしても、これを書くまでずぅっとクノンは銃を装備できるものばかりだと思ってました。
カッコイイのに、ビジュアル的に。(あくまで個人的イメージ)
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