降りしきる雨。
 少女―クラレットは机に頬杖をついて、何気なしに窓から外を眺めていた。
 ここ、フラットに来てから数日、彼女は落ち着かない気持ちでいた。 
 ここに来たのは、召喚の儀式に失敗し、魔王の代わりに喚ばれた少年を監視するためであった。
 勿論、そんなことは他の者たちにおくびにもださないが、そのためか彼女はここの住人とコミュニケーションをとろうとはしなかった。
 必要最低限のこと以外は自らは話さず、何もなければ自分の当てられた部屋に篭りっ放しという生活だった。
 そんな自分を訪ねてくるのは、あの監視の対象となっている少年―ハヤトぐらいだ。
 正直、関わって欲しくない。
 というのも、自分の任務を知られるのは愚か、彼女自身、人と接することは苦手としている。
 今までそのような機会がなかったせいかもしれない。
 だが、それでも放っておいて欲しい。面倒であるし、此方にとって迷惑である。
 そんな苛立ちは日に日に強くなっていった。


 そんなある日。
「クラレット? いる?」
「はい、どうぞ…」
 またか、と思いつつ彼女は自分の部屋の戸を開ける。するとそこには彼女が予想したとおり、あの少年が笑ってそこに立っていた。
 思わず顔をしかめる。ハヤトもそれに気がついたようではあるが、気にした風でもなく、彼女に話しかけた。
「あのさ、街を案内しておこうかと思って。
 本当ならリプレがしてくれたら早いんだけど、彼女…ほら、忙しいからさ」
 その原因に自分も含まれているだろうと思って苦笑を浮べるハヤト。
「それで…今からなんだけど、行かない?」
「誘ってくれて悪いんですけど、私、これから調べ物があるので…」
 嘘だ。
 これは彼を遠ざけるための嘘。
 関わって面倒なことになるよりは、こうして遠ざけた方が彼女にとって気が安らぐ。
「いや、街ぐらいは見てた方がいいだろ。 これから色々とあるかもしれないしさ」
 そう言って笑うとハヤトは、クラレットの手を引っ張り部屋の中から出てきさせた。
「ほらっ、行こうぜ!」
「……分かりました」
 クラレットは渋々頷き、彼に従い外を出ると空は曇っていた。
「雨が降りそうですね…」
「傘を持っていけばいいだろ。ほら、クラレットの分」
 うんざりとした表情でクラレットはハヤトから一本の傘を受け取り、彼と共に街へと足を運んだ。


 こんな曇り空にも関わらず、商店街の賑わいはいつものように活発である。
 尤もクラレットにとってみれば、煩わしい人ごみでしかないのだが。
「…で、ここが商店街。
 リプレなんかはいつもここで買い物してるんだぜ」
 しかしクラレットはさほど興味がないため、そうですか、とだけ生返事を返した。
 それでもハヤトは気にした様子もなく、次々店を紹介していった。
 対してクラレットはあとどのくらいこの人に付き合わなくてはならないのだろうかという倦怠感に苛まれていた。

「あっ!」
 するとハヤトは何かを見つけたらしく、店の影に入って行ってしまった。
 クラレットは自分勝手な行動にため息をもらしたが、ここで一人帰ってしまうと、彼は自分を探して街を彷徨うだろう。
 それはお節介だし、何よりもそれでは自分が任務を放棄してしまうことになる。
 彼女は少し歩く早さをあげて、ハヤトの後を追っていった。
「…どうかしましたか?」
「ほら、仔犬。 …えぇと…なんて書いてるんだ?」
 段ボール箱の中に一匹の(おそらく)雑種の仔犬が毛布に蹲ってか細く泣いていた。
 ハヤトもこちらの世界には来たばかりで文字は読めない。
 読んでくれと言わんばかりのハヤトの目線に根負けをしたクラレットは、しぶしぶ段ボール箱に書かれた文字を読んだ。
「『拾って下さい』ですって…」
「ふ〜ん……」
 クラレットの言葉を聞いて何かを考える様子のハヤト。
 その様子を見てクラレットはまさか、とは思いつつ彼に尋ねた。
「…まさか、拾ってあげようとか考えてませんか?」
「えっ、そのまさかだけど。
 ここにいたらリプレだって同じコトを言うだろうし、何よりもこのままじゃ可哀想だよ」
 すると、次の瞬間パチンと乾いた音が鳴り響くと同時に、ハヤトの頬には痛みが走った。
「あ、な、何するんだよ!」
 さすがの彼も突然引っ叩かれたことに驚き、腹を立てた。
 しかし、対するクラレットは極めて冷静であり、冷たい視線で彼の瞳を射抜いた。
「貴方はどうしてそう無責任なことが言えるんです?」
「どこが無責任なんだよッ!
 もしこのまま雨が降ったら、この犬…死んじゃうかもしれないだろ!?
 無責任なのは君の方じゃないか!!」
 そう怒鳴るハヤトにクラレットは呆れと侮蔑を含んだため息をついた。
「…貴方に飼う資格なんてない、とだけ言っておきましょう。
 今日はありがとうございました。私は先に帰ってます」
 クラレットは抑揚なくそう言い残すと身を翻し帰ってしまった。
「何だよ…ッ!」
 呆然と、去るクラレットの背を見つめながら、ハヤトはドンッと店の壁を殴った。


 結局、彼は仔犬に少しばかりの餌を置くと帰ってしまった。
 クラレットの言うとおりにしてしまった自身を情けないとも思ったが、飼うにしろリプレたちにも相談しなければならない。
「くっそー…!」
 どうしてか分からないが、とても悔しかった。
 あの時、言い返すことができなかったことがなのか、それともどこかで彼女の言うことに納得してしまっていたことがなのかは分からないが。
 しかし、自分に飼う資格がないというのはどういうことだろう。
 そして無責任とは。
 そんなことに悩み続ける彼はどうしてもその答えを導くことはできない。
 だから、彼はガゼルに相談してみることにした。

「…そりゃ、クラレットの言い分が正しいな」
 先程まで子供たちと遊んでいた(というよりは面倒を押し付けられた)ガゼルは、ハヤトが相談しにきたのをいいことに、子供たちをレイドに預けてしまった。
 そして彼の部屋で言われた言葉がそれだった。
「何でだよ?」
 ハヤトは予想外の言葉に驚きはしたものの、心のどこかでやはりと思うところがあった。
「まぁ、オレもあんまり言いたくはないけどよ…。
 そうだな、オマエがここに来たときのことを思い出してみろよ」
「俺がここに来たときのこと…?」
 どういう関係があるのだろうと、首をかしげて彼は考えてみた。
「なんで、オレが最初にオマエが拒んだか…それを思い出してみろよ」
「……経済的に苦しいから?」
 ハヤトの出した答えに軽く頷くと、ガゼルはもう一度彼に尋ねた。
「で、その苦しい経済はどうやって遣り繰りしてたか?」
「…主にレイドとエドスの収入をリプレが頑張って遣り繰りをした…か、ら…!?」
 すると、ハヤトは何かに気がついたかのようにパッと頭を上げた。
「まっ、そういうことだろうよ。
 幾らなんでも引っ叩くことはないだろうが、それがクラレットの言いたかったことなんじゃねえの?」
「ありがとう、ガゼル! 俺、クラレットに謝ってくる!」
 そういい残すと、ハヤトは慌ててガゼルの部屋から跳び出していってしまった。
「…ま、そういうところがオマエのいいところなんだけどな」
 後に残されたガゼルは、やれやれとため息をついた。



(そうか、そうだよな)
 要は養うに当たってその責任の全てを負うことができるかどうかだ。
 今のハヤトはリプレの仕事を手伝うぐらいで、実際に収入があるわけではない。
 飼う資格がない、と言ったのはこういうことだったのだ。
 ハヤトはクラレットの部屋の前まで来ると大きく深呼吸をし、ドアをノックした。
「…クラレット、いる?」
「………どうぞ」
 一置きしたあと、クラレットはドアを開け、彼を招いた。
 重い沈黙が流れるが、ハヤトは意を決したかのように口を開いた。
「ごめん! クラレット!」
「へっ?」
 クラレットは突然の予想外の言葉を受けて、間抜けな声を出してしまった。
 恥ずかしいと口を押さえながら、どうして謝ってきたのか分からなかった。
 そもそも、クラレットはハヤトが怒鳴り込んでくるだろうと予測していたのだ。
 叩かれたのだからそれも当たり前だと思っていたのだが…。
「あの…さっぱり意味が分からないんですけど…」
 それもそうだ。
「俺、クラレットの言うとおり、無責任なこと言ってた。
 なのに、君を怒鳴りつけてしまって……本当にごめん!」
 深く頭を下げ、怒鳴りつけられたと同じくらいの大きな声で謝ってくるハヤトに、クラレットは慌てふためく。
「い、いえ! 分かっていただければ、それでいいんです!
 だから、顔を上げてください! 
 …これじゃあ…どっちが間違ってるか分からないじゃないですか…」
 すると、ハヤトは顔をあげ、本当!? と言わんばかりの表情をしたあと、にっこりと笑みを溢した。
「良かったぁ…許してくれなかったらどうしようかと思ったよ…」
 ハヤトがホッと息をつくと、クラレットは思った。
 どうしてこの人はここまで前向きなんだろう、明るいのだろうかと。
 クラレットが今まで出会った人の誰にもないタイプだった。


 次の日。
 ハヤトがクラレットの部屋に飛び込んできた。
「あの犬に飼い主が見つかったんだぜ」
「それは良かったですね……もしかして、ハヤト…あなたが?」
 すると、ハヤトは首を縦に振りにかっと笑った。
「うん、そう。
 街中、誰か飼ってくれる人がいないか探し回ってさ。
 世話になってる武具屋のおっちゃんが飼ってくれるってさ!
 いやー、本当に良かったよ」
 そう嬉しそうに話すハヤトに、思わずクラレットもいつの間にか笑みを溢していた。
 それに気がついたとき、思わず顔を赤らめてしまったがハヤトは気がつかず嬉しそうに話を続けていた。

 他の人間…ましてや他の動物の痛みや悲しみ、嬉しさを感じる人間なんてクラレットはいないと思っていた。
 少なくとも彼と出逢うまでは、彼女の周りにはそんな人間はいなかった。
 だがその彼が、その後クラレットの心に降る雨を晴らしてくれようとは、ハヤトもクラレットもこのときはまだ知る由はなかった。 


あとがき
 初期のハヤクラです。むしろハヤトVSクラレット?
 このふたり、最初は意見がかなり食い違うと思うんですよねぇ、真反対の性格ですし、
クラレットは結構そういうこと気にしそうですし。
 まあ、この仔犬に限らず、のちのちとフラットには色んな人が拾われてくるのですが(笑


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