方と一緒に 〜Restart〜

 

 

腹部に鈍重な衝撃が走る。

身の軽いくらっレットはいとも簡単に吹き飛ばされ、机や椅子がひっくり返る。教室に粉塵が舞い上がるなか、彼女はよろめきながらも立ち上がる。
 そしてそれに迫る影――それはハヤトだった。少なくとも姿だけは。しかし、それは彼ではなく魔王と呼ばれる存在だった。

 魔王に体を乗っ取られたハヤトを追いかけて、彼の世界へとたどり着くことができたクラレット。しかし、そこに待っていたのは再会の喜びではなく、憎しみ、怒り、侮辱…そして刹那の熱。
 けれど、彼女はそれらを振り切るように凛然と前だけを向いて魔王に立ち向かった。

 しかし、その力の差は歴然。あちこち衣服が擦り切れ、裂傷や打撲を負っているクラレットに対し、魔王はそれがいかにも楽しそうな不敵な笑みを浮かべ悠然としている。
「うぅ、ぇええっ・・・!」
 一度は立ち上がったものの、重い衝撃に華奢なクラレットの身体は耐え切れず、膝を地につけ中のものを吐しゃしてしまう。しかし、彼女の瞳の光は爛々としており、まるで身体の痛みを無視するかのように相手を睨みつける。
 そして口元を拭うと再び立ち上がり、短剣をしっかりと握り構えた。
「ハッ、そろそろ諦めたらどうだ?」
 半ば興味がなさそうに冷淡に言う魔王。だが、彼女はそれを鼻で笑った。
「どうしてです? 諦める理由なんてありません」
 真っすぐに魔王――ハヤトの瞳を見つめ、クラレットはきっぱりと言い放つ。あまりにも堂々とした怯えの無い彼女の姿が気に喰わないのか、顔をしかめ胸倉を掴む。
「この力の差が理解できないのか?」
 まるで全てを凍てつかせるような彼の視線をしっかり受け止めながらも怯まず、クラレットは言葉を連ねた。
「それでさえも、私にとっては戦う糧にしかなりません。
 確かに貴方と私の力の間には差があります。
 けれど――この程度の絶望ぐらいはねのけなければ、ハッピーエンドは迎えられませんから。
 私――クラレットという一人の少女が望むハッピーエンドはたった一つ。
 貴方からハヤトを取り戻すこと。
 たとえ、ハヤトが私のことを夢の存在としか思っていなくても、そのためならば私は絶望さえも希望に変えることができます」
 曇り一つない純粋な光を宿す彼女の瞳。そこには迷いも拘りも何一つなく、ただ一つのことを成し遂げようとする強い意志が顕われていた。

「下らねえな」
「ええ、確かに下らないです。けれど、それが私にとっての真実…ですから」
 言うなり、クラレットは相手の身体を隼の如く鋭く蹴り飛ばし、距離をはかる。いくら強力な力の持ち主とはいえ、その身体(うつわ)は人間になんら変わりは無い。障壁さえくぐり抜けさえすれば、直接攻撃を与えることさえできる。
 不意の一撃をストレートに受けた彼の顔は、その表情を見れば誰もがゾッとするほど冷めていた。だが、クラレットも負けじと睨み返す。
 お互いの呼吸の音しかしないぐらいの静寂のなか、それとは反比例して教室内はお互いの殺気で充満していた。いや、殺気と闘気、というべきだろうか。
 それは目には見えなくとも、感覚ではっきりと理解できた。ぴりぴりと皮膚を刺激する。まるで少しでも動いたら、鋭い針のごとく突き刺さる痛みが走るのではないかと思えるぐらいに。

 クラレットはここにきて、改めて自分が相手をしている存在の威圧感を感じていた。恐怖や絶望などは当然、ない。しかし、一瞬一瞬の行動を慎重に、迅速に判断しなければならないのはハッキリと認識させられた。少しでも行動を間違えたり、遅れれば確実に自分の命は無いのだと。
 そう考えたのはたった一瞬だった。だが、そのたったの一瞬が、クラレットを不利にさせた。
 気がつけば目の前には相手の姿があり、魔王は魔力を乗せたためか、濃紫のもやがかかった拳を下から上に叩きつける。
「かはっ・・・!」
 とっさに魔力の壁を張ったものの、所詮即席のもの―気休め程度にしかならず、彼女の身体は宙を舞う。そして、そのままタイルの床に叩きつけられ強く背中を強打させた。
「あぐっ・・・!?」
 地にたおれたクラレットの頭を魔王の――ハヤトの足が踏みつける。
「ニンゲン如きがいい気になるなよ? オレがその気になれば、オマエなんか塵同然なんだぜ?」
 声はハヤト、そのもの。しかし、そこには感情は込められてなく、まったく無機質のモノにしかクラレットには聞こえない。だから、頭を踏まれ自分が侮辱されていることより、別のことに彼女は怒りを感じた。

「・・・・・・で・・・を・・・」
「あ?」
「ハヤトの声で―――バカなことを言わないで」
 次の瞬間、クラレットは両手で踏まれている足を掴み、ずらすと同時に頭を解放させる。次に素早く跳ね起きて、短剣を再び順手で握りなおして、魔王に跳びかかる。その刃は当然魔力の障壁に阻まれるが、刀身の硬度が丈夫なのか
バチバチと火花を飛び散らせながら、旋風を巻き起こす。
 旋風によりなびくクラレットの長髪。まるで、風を受け流すようにはたはたと揺れる。
「絶対にハヤトのなかから貴方を追い出してみせる」
「ハッ、無理だな。オレがコイツから出て行くとしたら、それはコイツが死ぬときだけだ。
 ということは、テメエはコイツを殺すしかないということさ」

 クラレットには絶望としか言えないその言葉。 しかし、彼女はソレを笑った。
「いいえ、方法はまだあります」
 突如、彼女の身体から緑色の燐光が発せられる。そしてそれに伴うかのように短剣の刀身は鮮やかな薄緑の光を宿し、障壁を溶かすかのようにそれにその光が波紋していく。
「――――!?」
「わ、たしの・・・意志、を上乗せ、しま、した・・・
 “貴方を追い出す”という、意志を。この光は、私、自身・・・」
 そこで言葉を途切らすと、クラレットの瞳からは光が抜ける。しかし、短剣を下ろす力は緩まない、逆にその力は増しており、ぐぐっと障壁を押しやりそして貫いた。
 貫いた刃はそのまま勢い良く、魔王の肩へと斬りおろされた。ざくという肉を切り裂く音ともに、刃に燈された光はその傷口へと注がれていく。
「な、や、めろ・・・! そんなことすれば、オマエもただの植物人間に―――」
 先ほどまでの余裕はなくなっており、魔王は焦燥の声を上げる。しかし、クラレットは引き下がることはない。既に彼女の身体に意識は宿っていないはずだが、彼女はゆっくりとその言葉を紡いだ。

「ハ、ヤ、ト」

 次の瞬間、緑色の燐光がそれぞれ膨張し、室内を覆いつくした―――










 もう、貴方とは逢えないかもしれません
 身勝手だと思われるかもしれません
 でも、ひとつぐらい私のわがままを聞いてくれてもいいでしょう?

 だって、私は貴方に助けられた
 だから、今度は私が貴方を助ける番

 後悔はしていません
 けれど、ただ一つだけ心残りがあります
 それは、貴方ともう二度と話すことができないということ



 だけど、これが私のとってのハッピーエンド

 今までありがとうございました




 私の大好きなヒト―――
















―数年後―
 
 駅前に佇む女性が一人。ちらりと駅前に設置されている時計を見てみる。
 もう時間過ぎてるんだけど、と口の中で言うと辺りを見回すと――
「―――おーい! アヤ!」
「やっと来ましたね、ハヤトさん」
 青年は路地を駆けながら大声で目的の少女に呼びかける。少女は恥ずかしがるわけでもなく、にこりと青年に微笑む。
 仲良さそうなふたりに、少しばかり周りからの視線が集まる。とは言え、しょせん他人事なので、それはたった一瞬だった。
「さて、そろそろ行きましょうか。同窓会の時間までさほど時間もありませんし」
「あ、それなんだけどさ、俺行くところがあるから先に行っててくれないか?」
 ごめんと両手を合わせて謝る青年。この青年がむやみに人との約束を破らないことを知っている彼女は、さんざん待たされたのも気にせずええと頷いた。
「ただし、埋め合わせはあとからしてもらいますからね?」
 青年はわかったよと苦笑いを浮かべるともう一度ごめんと謝ると再び駆け出した。


 市内の病院。
「あら新堂くん、こんにちは」
 院内の廊下を歩いていた看護士に挨拶をされ、青年―ハヤトはぺこりと頭を下げる。
「どうもッス。今日はいい天気ですねー」
「ええ、そうね。 ああ、そういえば愛しの彼女も中庭で散歩してたわよ?」
 まるでからかうような看護士の言葉にハヤトの顔はゆでだこのように真っ赤になる。
「そ、そんなんじゃないってば!」
「でも、貴方があの娘をつれて病院に駆け込んできてから数年も経つわよね。
 で、毎日のようにこの病院に来て、あの娘の様子を見てるのよねぇ。
 私も新米からいっぱしの看護師になっちゃったしねー。
 さ、そろそろ行きなさい。あの娘、今日も楽しみにキミのこと待ってたわよ」
 看護士は促すように、手でハヤトの背中を押しやった。


 庭に植えられている巨木の下のベンチに、彼女は腰を下ろしていた。
「やあ、クラレットさん」
「ハヤトさん!」
 その女性はハヤトに気付くと嬉しそうに声をあげて、彼に抱きついた。思わず、それにハヤトはビックリしたのか腰を抜かしてしまい彼女に押し倒される形になってしまった。
「ちょ、ちょっと! はずかしいよ!」
「あ、ごめんなさい」
 彼女はちょこと舌を出すと、くすくす笑いながらハヤトから身体を退ける。

「今日はちょっと寝坊しちゃってさ、本当ならもっと早く逢いに来れたんだけどね。
 そのせいで、同窓会にも遅れそうだし・・・」
 すると、クラレットは驚いて、自分のために時間を潰してしまったと思い、うろたえる。
「そんな! 私のことはいいですから、そちらに行って下さい!」
「いや、いいよ。たかだか数十分ぐらい遅れても構いやしないよ」
 にこりと笑いを浮かべると、青く晴れている空を見上げた。
「それにいつも言ってることだけど、クラレットさんと話してるとなんだか気持ちが安らぐんだよ。
 俺にとってその時間は何よりも大切だから―――って、どうしたんだ? 顔を赤くしちゃって?」
 女性はハヤトの指摘通り、頬を紅潮させていた。ハヤトにそれを訊ねられふいっと顔を彼から背かせる。
「いえ・・・その、ハヤトさんの言葉を聞いてたら恥ずかしくなっちゃって・・・」
「あ・・・」
 女性の言葉を聞いて、ハヤトは自分の発言した内容に今更ながら恥ずかしくなる。
 お互い、真っ赤になってしまい、しばらくこの状態が続いていたとか。


 あの日、クラレットはハヤトの身体から魔王を追い出すことに成功した。しかし、それと引き換えに、彼女は植物状態に近い状態に陥ってしまう。我に戻ったハヤトは状況を理解できないまま、倒れていたクラレットを病院へと連れて行った。
 ハヤトも、魔王に乗っ取られていたためか、クラレットやリィンバウムのことは夢どころではなくきれいさっぱりと忘れていた。
 けれど、それでも彼に残る何かが彼女に惹かれてそれからずっと病院通いを続けている。
 クラレットは最近までその状態だった。瞳は開かれているものの光は宿っていなく、ただ何をするでもなくぼうとした一日を送る毎日だったが、ある日ハヤトがサクラの花びらを見せた時彼女は「・・・アルサック」と呟いた。
 その日からだんだんハヤトと会話を交わしていくうちに、今では奇跡的に復活し、もうすぐ退院することになっている。
 もちろん、この世界にクラレットの住む場所はなかったが、ハヤトの両親が勝手に彼女がハヤトの恋人だと勘違いして、気前良く彼女の面倒を見ることになっている。

 失われた記憶。
 しかし、それ以上に絆が彼らを結びつないでいた。
 一人の少女の強い意志が現在へとつながり、切り開いた。

 彼女が望むハッピーエンドへと。



「ねえ、ハヤトさん?」

「・・・ん?」


「これからは・・・名前で呼んでもいいですか?」

「それって・・・?」


「それを女の子から言わせる気ですか?」

「―――うん、わかった。
それじゃ、これからもヨロシク、クラレット」


「はい、よろしくお願いします、ハヤト」



彼らはお互い笑って、手を繋いだ



あとがき

 『悲哀舞踏』の続きです。

つまり、魔王ED→魔王ハヤトと再会→魔王VSクラレという流れ。

どうも自分はクラレさんを覚醒化させたいようです。なんか、アレです。

大人しいヒトほど切れたときが怖いというか。(違

特にパートナーは本編じゃ守らればかりされている立場なので、こうやって主役に引き立ててみると、

これがなかなか面白かったりで。

後半についてはシリアスから一気にらぶらぶモードに。本当は植物状態のままにするつもりだったんですが、どうもオチが暗くなりそうだったので、こんな感じになっちゃいました。

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