欲望
※クラレさん、とっても黒く暗いです。
彼女のイメージを壊したくない人は回れ右してください。
欲望。
私に巣食う自分ではどうにもできない感情。
それと同時に、私の存在意義。
これを喪ってしまえば、私に生きる理由はない。
だから、私は…
「ハヤト〜!
ちょっと手伝って!」
台所から聞こえてくるリプレの溌剌とした声。
それは外で子どもたちと遊んでいたハヤトへと届く。
「…何だろう?」
「早く行った方がいいぜ、兄ちゃん!
リプレ母さんの機嫌を損ねると、またおやつ抜きかもしれないから」
ハヤトはそうだなと苦笑を浮かべると、子どもたちから離れリプレの待つ台所へと向かった。
「ごめんなさい。
これ、重くて…そこの棚まで運んでくれるかしら?」
リプレが指したのは茶色い大きな袋。ハヤトは何だろうと首をかしげその袋を持ち上げようとする…が思ってのほかこれがなかなか重い。
「リプレ、これ何が入ってるんだよ…?」
「小麦粉よ。ほら、誰かさんがどんどんここに人を集めてくるから、料理に使う材料もそれなりに必要ってことよ」
「それって、何気なく嫌味か?
まっ、仕方がないか…じゃあ運ばさせてもらうよ、リプレママ?」
ハヤトは苦笑を浮かべ、歯を食いしばりその袋を持ち上げた。普段ぼんやりしているとはいえ、ハヤトとて一端の男子だ。
リプレでは一生懸命力を込めても持ち上がらなかったそれは、彼によってなんとか持ち上げられた。
「ふぅ…重たかった」
袋を運び終えたハヤトは大きくため息をついて、片腕をぐるんと一振りさせた。
「ご苦労さま。お礼にこのクッキーをあげる。
本当は皆につくろうと思ったんだけど…分量を間違えちゃって。
だから、皆にはナイショね?」
「ありがとう、リプレ」
ハヤトとリプレは微笑みあい、いつの間にかお互いまんざらでもなさそうな雰囲気を作っていた。
そんな二人を物陰から見ていた少女がいた。
「………はぁ」
微笑ましい二人を見ていた彼女はため息をつくと、その場をあとにし自分の部屋へと戻った。
私は彼女に『嫉妬』という憎しみのココロを持っている。
確実に。
しかし、私にはどうすることもできない。
ただ彼と楽しそうに話す彼女を見ていると、腹の底が煮えたぎるような思いをいつもさせられてしまう。
いつだったか、彼女にみじめな思いをさせてやりたいとも思った。
ただ、それを実行できなかったのは、やはり彼女もまた私の『大切な人』だったからだ。
どうすれば、私のこの気持ちのもやは晴れるのだろうか?
少女は自分のベッドに仰向けに倒れ、腕で目元を隠した。
そうでもしないと、自分の浅ましさに涙がこぼれそうだったからだ。
「ハヤト――…」
少女、クラレットはその心のもやの原因を作っている―彼女自身は認識していないが―人物の名前を呼んだ。
出逢った当時こそは、お互い性格が反対で意見が喰い違い、それこそ彼に苛立ちを覚えていた。
そして、それ以外の感情は何もなかった。
しかし、彼や仲間と接していくうちに、その考えは変わっていった。
以前の自分なら笑うことすらできなかっただろうが、今では心の底から笑えるようになっていた。
そう、このままだったら良かったのに。
彼女は気がついてしまった。
ハヤトへ対する自分の恋心と、そしてリプレへの、憎しみとも呼べるほどの嫉妬の感情を。
彼らは自分がそんな気持ちを抱いているとも知らず、先ほどのように接しているのだ。
こんな醜いココロを彼らが知ってしまえば、きっと彼らは自分を詰り、軽蔑するだろう。
いや、底のないほどのお人よしばかりだから、笑って赦すだろうか?
彼女はこの感情に戸惑い、恐怖した。
いずれ、この感情を抑制する理性が壊され、それを助長し、最後にはそれを止めることができなくなり、自分ではない何かになってしまうことを、彼女自身、自覚していた。
どうして、こんな感情を抱いてしまったのだろうか。
でなければ、幸せに彼らと暮らすことができたのに。
クラレットは自分に対する、不甲斐なさとやりきれなさに絶望した。
そのように、悶々と苦しんでいたクラレットだったが、いつの間にか寝ていたらしく、身を起こすと窓からは月の光が差し込んでいた。
するとその時、彼女の耳に部屋の戸がノックされる音が入ってきた。
「クラレット、いる?
ちょっと召喚術のことで教えてもらいたいトコがあるんだけど」
ハヤトだ。
正直、今は彼に会いたくない。会ってしまえば、自分が彼に何をするのか分からない。
だが、彼を無視することもできず、彼女は憂鬱ながらもドアの鍵を外した。
「どうぞ、入って下さい」
クラレットは自分の感情を必死に抑え、抑揚のない声で彼に話しかけた。ハヤトは一瞬その彼女の声に戸惑いを感じたが、首を傾げるだけで彼女の言われるがままに部屋の中へと入った。
「ええと、この…魔力と召喚術との関係の成り立ちっていうところが分からないんだけどさ」
ハヤトはクラレットが以前くれた召喚術に関しての専門書を開きながらとあるページを指差す。
「はい…ここはですね…」
真剣に訊ねてくるハヤトに、クラレットも感心し、いつの間にかあの感情は薄らいでいた。
しばらくすると、リプレが紅茶と茶菓子を持ってクラレットの部屋に入ってきた。一瞬あの感情が再び呼び起こされるが、クラレットは二人にそれを悟られないように微笑を浮かべた。
「ありがとうございます、リプレ」
「ええ、どう致しまして。それじゃあ、勉強頑張ってね」
リプレはそれだけ言うと、部屋から退出していきドアを閉めた。クラレットは彼女に悪いとは思いながらも救われた思いも感じていた。
あのまま彼女がここに居続けていたならば、きっと耐えに耐え切れなくなり、逆にクラレットがこの部屋を飛び出していただろう。
ハヤトはリプレの持ってきたおやつに手を伸ばし、それを頬張る。
「ん〜…やっぱりリプレの作ったお菓子っておいしいなぁ。な、クラレット?」
「え、えぇ…そうですね…」
クラレットの気も露知らず、そう話しかけてくるハヤトに曖昧に微笑を浮かべ答えた。
ダメだ。このままでは――…
(何を迷う必要があるの?)
彼女は驚いた。自分の中から聞こえてくる『声』に。
(貴女の思うままに行動すればいいじゃないの。
ハヤトを、彼を――…一人占めしたいんでしょう?)
彼女はその『声』を否定するかのように、必死で頭を左右に振った。
(貴女はいいの?
リプレに彼を獲られてしまっても?
それならば、私は止めない。けれど、貴女が願っているのはそうではないでしょう?)
その『声』は不思議なほど優しさを帯びており、クラレットはそれを拒絶することはできなかった。
(そう。私を受け入れなさい。
私は貴女。貴女の――…欲望なんだから)
その時、クラレットは毛もよだつような嫌悪感と蕩ける様な恍惚感を同時に感じたような気がした。
「そうだ。クラレットもリプレに料理を教えてもらったら?」
そんなクラレットの様子に気がつかないハヤトは楽しそうに彼女に微笑みかける。
しかし、クラレットは下を俯き、反応しなかった。
「クラレット?」
ハヤトは訝しげにもう一度彼女の名を呼んだ。すると、彼女は顔を上げて彼に、いつもの慎ましい彼女のとはかけ離れた妖艶な笑みを向けた。
「…ッ!?」
彼はその違和感を大いに感じていた。いつもは控えめだが、もっと可愛い笑みを浮かべるはずだ。
「どうしたんだ…クラレット…?」
「どうもしませんよ。ただ…少しばかり決心をしまして」
にこと笑みを浮かべたまま、彼女はスッとお互いの息がかかるぐらい近くにハヤトへ近づいた。
艶かしい唇を彼の耳元へ持ってきてそっと息を吹きかける。
「…リプレなんかに貴方を渡すわけにはいきません」
「ちょ…クラレッ…!?」
突然のクラレットの変化と行動に驚き、ハヤトは身動きがとることができなかった。
そして困惑を口にしようとしたハヤトの唇を突如クラレットが奪い塞ぐ。
ハヤトにとってみればそれは、いわゆるファーストキスというものだった。だが、その時彼はそこまで頭が廻らなく、どうしてこういう行動をクラレットがとるのかということで一杯だった。
長い接吻。
ハヤトは彼女から逃れる術も気力もなく、ただなされるがままになっていた。
そしてようやく、彼女が解放してくれ、ハヤトは呆然と呟いた。
「クラレット…」
「軽蔑してくれても、憎んでくれても構いません。
私は貴方と楽しくしているリプレが憎いです。そ
そう、私は彼女をどうにかしてでも貴方を手に入れようと考えている浅ましい女です。
逃げたいのなら逃げてください。私では自分を止めることはできませんから」
淡々と告白するクラレット。彼女は彼を抱きしめ、もう一度口付けた。
そして器用に片手で彼の衣服を肌蹴させていく。
「…逃げないんですか?」
一度唇を離し、真摯な表情でそう訊ねるクラレット。
しかし、ハヤトは身動き一つせず、ただ哀しそうにクラレットを眺めていた。
「そう、ですか……後悔しても遅いです、よ…?」
蕩けるような瞳のなかにハヤトの顔を映し出しながら彼女は彼を押し倒した。
そんなふたりを月だけが見守っていた。
あとがき
リサイクル品その1。
はたまた黒クラレさん登場。どうしてか、私はこうもクラレさんを極端にしがちです。
時にはハヤトを救うヒロインだったり、時にはハヤトを独占したいがために真っ黒になるクラレさんと。
実は個人的には後者の方が表現しやすかったり。パートナーでもっとも負の感情の影響を受けそうですから。
某K氏みたく、ほのぼのクラレットさんを書きたいものです。
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