走、叉、そして+1

 

――少女は嘆(な)く

 

 全てが閉ざされた虚無の狭間でただ独りきり。

 

 仲間も、敵も、家族も、自然も、動物も、世界も、全て彼女が殺(け)した。

 

 なぜなら、彼女にとって、それらは無価値だったから。

 

 彼女が求めていたのは、たったひとりの少年だったのに―――

 

 

 

 

 

彼にもう一度、逢いたい

 

 

 

 

 

 

 

ならば―――

 

 

 

「私は、必ず貴方に逢いに行きます―――『     』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただっぴろい草原にメイトルパのはぐれ召喚獣の群れが集まり、一組の男女を囲んでいた。

 しかし、その男女は物怖じをした様子はない。

 お互い背中合わせに各々の得物を構えて、眼光を鋭く利かせて牽制しようとしている。

 そして、少女の方が少年の方へと声をかけた。

「ハヤト!」

「ああ、分かってる! いちにのさん、で行くぞっ」

 少年―ハヤトは、少女の意図をその声かけだけで理解したようであり、頷く。そして、その太陽の光を受けて煌く剣を、再度しっかりと握り締めた。

 

 なかなか行動を移さないふたりに焦れたのか、群れのうちの一匹――リザティオが奇声とも思えるような雄たけびをあげながら、ハヤトに向かって疾駆してくる。

 その巨体とは似つかわしくない疾さで迫ってくるリザティオを鋭く睨みつけながら、ハヤトはまだ動かない。

 

「いち…」

霊界の矮小なる輩(ともがら)よ、我が声に応じ

 

 

 リザティオは、途中で力強く大地を蹴り飛ばすと、大きく宙に浮かび――

 

「にの―――」

その銀灰の矛を以って、蠢き、卑小たる愚者を―――

 

 

 その逞しい右の足から、踵落としを繰り出した。

 

「さん!」

「穿て! エビルスパイクッ!!」

 

 

 しかし、その攻撃がハヤトへと至る前に、ハヤトは咄嗟に横に飛び退いて回避し、一方リザティオは、召喚術によって、轟音とともに地を割って突き出た銀灰の銛によってその体躯を貫かれる。

「ガァアアアッ!!」

 だが、それは致命傷にはなっていないようで、呻きながらもなおハヤトに向けて猛走する。その様子はさながら、ダンプカーが暴走しているようだった。

「うぉおおおおっ!!」

 ハヤトはそれでも物怖じせず、召喚術によって生じたリザティオの一瞬の隙を逃さず、気合の声をあげながらがら空きの腹部へと横一閃の斬撃を与えた。

 それはリザティオの強靭なる肉体を切り裂き、ともに強烈な衝撃を与える。その結果、リザティオの身体は仰け反り、そのまま仰向けに地へと堕ちた。

 

 まだ敵は残っている。が、先ほどの一連のハヤトたちの連携を見てからか、他の者たちは警戒を強めて、彼らの様子を見ていた。

 ハヤトもまた警戒を緩めず、うっすら額に浮かぶ汗を手の甲で拭いながら、片割れの少女に感謝の言葉を述べる。

「サンキュ、クラレット」

「いえ、でも気をつけてください。 この殺気――…ただならないものを感じます」

 少女、クラレットは周りを囲むはぐれ召喚獣たちの様子を注意深く見つめていた。

 

 もともとはぐれ召喚獣はその境遇からか、人間には好意的ではないが、ここまでの殺気を持つはぐれに出会ったことはふたりともなかった。

 ともすれば、このように同種族ならともかくも種族もばらばらであるはぐれ同士が群れを作るということは、ほとんどない。それに、そのはぐれたちはどうにもこうにも、凶暴のように思えた。

 時々騒ぎを起こすようなはぐれでさえも、経験をつんだハヤトたちであれば簡単に抑えることができていた。

 しかし――今目の前にいるはぐれたちは、別格と思えるほど遥かに強さ――鋼のような体躯、岩のような硬い拳、シルターンのシノビを彷彿とさせるような俊敏さ、そしてただのはぐれとは思えないような戦い方――を持っていた。

 

 そこで、クラレットは、はたと気付く。

「もしかして――誰かに操られているのでしょうか…?」

「たしかに、尋常じゃないよな―――コレは」

 真っすぐはぐれたちを睨みつけながら訊ねるクラレットに、ハヤトは頷いて同意する。

 そもそも、今日このようにはぐれに囲まれようとは思ってもいなかった。先述したとおり、同種族なら狩りなどするときに用いられる手段かもしれないが、このように複数からなる種族が群れを組むということは、召喚術のエキスパートであるクラレットも聞いたことがないし、あるとしてもそれは人間並みに知能のある召喚獣でないと、まとまりがつかないだろう。

 とすれば、召喚獣を操ることでそのまとまりを果たしているとしか考えるしかない。よって―――

 

「その誰かを探すのが先決、ですね」

「でも、見つかるか? さっきから探してるけどそれらしき人影は見つからないぜ?」

 ふたりは気が滅入ったようなため息をつくと、再び各々武器を構えた。

「ならば、ひとまず…このはぐれたちを」

「抑えるしかないよなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 それは珍しくイリアスとサイサリスがフラットを訪れた日のことであった。

「どうしたんだ、ふたりが此処に来るなんて珍しいことじゃないか?」

 このとき、ほとんどの人間が出払っているため、ハヤトはとりあえず二人をアジトの中に招き入れて話を聞くことにした。台所ではクラレットが三人のコーヒーを用意しているはずだ。

「ええ、私たちもそれほど暇はしていませんので」

「あぅ…」

 冷淡に喋るサイサリスのその言葉は、いつもフラットの世話になっているハヤトの耳には痛かった。

「サイサリス、言葉が過ぎるぞ。

 でだ、ハヤト。今日はキミたちに頼みがあって此処に着たんだ」

 イリアスはサイサリスを咎めながら、真摯な瞳でハヤトの顔を見つめた。

「最近、旅商人を襲うはぐれたちが急増していてね。安全のこともあるが、旅商人はサイジェントの経済に貢献していると過言ではなくてね」

 サイジェントは高級衣服に使われるキルカ布の輸出が主な財源の一つであることはハヤトも知っている。

 

「―――つまり、俺たちにそのはぐれ退治をしろ、と?」

 正直、ハヤトはあまり気が進まなかった。もともと、武器を取って戦うということは苦手だし、その相手が自分と同じはぐれだと思うと尚更だった。

「いや、そこまでしなくてもいい。ただ――どうも今までのはぐれとは性質が違うみたいで、ね。どうしてこうもはぐれが暴れているのか、その原因があると思うんだ、私は。

 だから、その原因を突きとめてくれると有難い。特にクラレットは召喚術に詳しいから何か知っているかもしれないしね」

「あら、私がどうかしましたか?」

 そうにっこり微笑(わら)いながら、コーヒーを三人に差し出していくクラレット。

「いや、今はぐれ召喚獣のことについて話していてね」

 

 イリアスは今先ほどハヤトにした話をクラレットにも話した。そして、クラレットの注いだコーヒーのカップに手を伸ばして一口、口につける。

「頂くよ―――うっ!?」

「イリアス様!!」

 コーヒーを口に含んだ途端、イリアスは呻いてしまう。何か毒でもいれたのかと、サイサリスは思いクラレットを睨みつける。

 ハヤトもまたコーヒーを口に含もうとしたその時、思い出したかのように間抜けな声をあげた。

 

「……あ、クラレットって極度の料理オンチだったよな?」

 

 

 

 

 ハヤトはすっかり忘れていたが、クラレットという少女はとことん手先が不器用というか、家事については彼女にとって鬼門に当たっていた。

 掃除をすればホウキは折れ逆に散らかるし、洗濯すれば衣服は破れるし、料理すれば――このようにコーヒーの一つとってみても、砂糖の代わりに塩やタバスコといったものを入れてみたりと、とにかく向いてない。

 本人曰く、「こうしたほうが美味しいかと思ったんですけど」とのことだ。

 

 さて、あまりの不味さに気絶したイリアスを引きずりながらサイサリスは、「よろしくお願いします」と一つ言葉を残して去っていった。

 残されたふたりは、兎も角もそのはぐれたちの様子を見てみないことには分からないと判断し、翌日、その襲われやすい街道へと赴くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして来てみれば、コレだ。

 たしかにこれほどまでの異常は、ハヤトもクラレットも目にしたことはない。

 しかし、その原因を探るにしてもどうしたものか。まずはこの囲まれている状況を打破しなくてはならない。

「どうします…? 広範囲召喚術で、一気に片をつけますか?」

「いや…それだと俺たちまで巻き添え喰らうし、この街道を破壊しかねない。

 …一匹一匹、倒していくしかないな」

 そのハヤトの言葉を聞いて、クラレットは少しだけ顔が緩んだ。

 彼は成長したと思う。以前は、考えなしに行動する無鉄砲さを持っていたが、誓約者としての力を意識しはじめた今となっては、考え深くなって時々クラレットだけでなくレイドやエドスといった周りの大人たちを感心させるほど、彼は大きくなった。

 そんな彼といることがクラレットは嬉しくて―――

「貴方のことは私が守りますから」

「ああ、よろしく頼むよ! なんたって、クラレットは俺の召喚術の先生だからな」

 おどけながらも嬉しそうに話すハヤトに、クラレットは苦笑を浮かべた。

(そういう意味じゃないんだけどな―――でも)

「ええ、頑張りましょう! とりあえずは――」

 ここを切り抜けましょうと口にしようとしたその瞬間、はぐれの群れの奥からざわめきが聞こえた。次第にその音は大きくなり、次々とはぐれたちが薙ぎ倒されて行くのがハヤトたちの目に映った。

 そして、はぐれの群れから飛び出てきたのは―二刀を振るう凶剣士、バノッサの姿だった。

 

「―――――ッ!?」

 

 ハヤトたちは言葉にならない。なぜならバノッサは、彼らの手によって―――。

 なぜ彼がこんなところにいるのかも分からず、狼狽するハヤトたちの姿を視認して、バノッサの方も驚愕しているようだった。

 

 

 

「はぐれ野郎!? テメエ、戻ってきたのか!?」

 

(戻ってきた? 戻ってきたのはバノッサ、お前のほうじゃないのか?)

 

 兎も角も、ここに奇妙な形で三人の再会は果たされた。

 

 

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