一つ終わり、それぞれの始まり

 

 麗かな春の日。
 勇人は学校の屋上で、昼寝をしようとしていた。
 この陽気な日差しはどうしても彼の眠気を誘ってしまう。
「ふぁ〜…眠ぃ」
 そうポツリと言葉をこぼすと、コンクリートの床に寝そべり目蓋を閉じた。
 目蓋を閉じてみると色々なことをとり止めもなく、彼は考えてしまう。
 それは今夜のおかずだったり、将来についてのことだったり、その程度は様々であるが自覚できるほど、よく考える。

 とまあ、こう表現するとのんびり穏やかとしている感じだが、実際の状況はそうでもない。
 現在、この学校の卒業式の最中である。しかもその卒業生の一人にこの新堂勇人も含まれている。
 卒業生が卒業式をサボるとは前代未聞。こんなことが知れたら、大騒ぎとなるであろう。
 だが、それでも、彼はふらっとここまで来てしまった。
 それが、今日この学校を卒業するという感慨からなのか、それとも単に校長や来賓の祝辞を聞くのが面倒だったからなのかは、彼自身でも分からなかった。

 そうこうしているうちに屋上に上がって来る階段の音が聞こえてきて、勇人はさっと身を起こした。
 こんなところを教師に見つかれば、職員室行きは免れない。下手をすれば卒業に後味悪いモノを残しかねない。
 ヤバイと焦りながらどこか身を隠す場所はないかと探すが、ここは屋上。
 掃除道具のロッカーがあるが、いくら身長が高くない勇人とは言え隠れようがない。
 そうこうしている内に、ドアが開かれる。
「せ、先生これには理由があって!今日は朝から気持ちが悪くて悪くて仕様がなかったんですよ!
 だからこうやって、外の風に当たれば少しは治るかなぁなんて!
 ……って、綾?」
 だが、そこに立っていたのは自分の予想とは異なる人物だった。
「え、勇人君?」
 お互いを認識した後、ふたりともぽけっと口を開けてしまった。
 

「…どうかしたのか?」
 どうして彼女がこんなところへ来たのか全く分からなかった勇人は、思わずそんな言葉が出ていた。
 一瞬考えた素振りを見せたあと彼女は朗らかに微笑み、答えた。
「…卒業式、サボっちゃいました」
 さらりと口にした彼女の言葉を聞いて、ますます勇人は目を白黒させる。
 綾はそのまま勇人の隣に座った。そして彼は間抜けな顔をしたまま、ポツリと呟いた。
「綾、いいのか? 授業でさえもサボったことがないのに。
 元生徒会長様自ら、卒業式をサボるなんてとんでもないコトだぜ?」
「私でも授業をサボることはありますよ。
 その“授業”がたまたま卒業式だっただけで。それに答辞なんやらは全て元副会長に事前に任せておきましたから。
 こういうとき人望があるって素晴らしいですよねぇ」
「…結構なことで」
 苦笑する勇人ににっこり笑いながら、彼女はぽすっと仰向けに倒れた。

 彼女の瞳にうつるは、青色のキャンバス。
「…空はこんなに広かったんですね」
 輝く太陽の光をまぶしそうに手で遮りながら、彼女はそのキャンバスを嬉しそうに眺めた。
「…だな」
 勇人もまた大きく息を吐き流れ行く雲を目で追っていた。
 彼と彼女、そして他校の生徒たちを含めた四人は異世界へと喚び出された。
 勇人は今でも夢ではないのかと疑ってしまう。
 だが、そこで得た知識、経験…そして絆はたしかに彼らの中に存在している。
 一年経っても、それは消えることなくむしろ時が経つにつれそれを思い出してくれる。
 

 すぐそこにあった素晴らしい何か。
 彼らは少し前までそれに気がつかなかった。
 それに気がついたきっかけは一年前に遡る。
 漫画やアニメで出てきそうなファンタジーな異世界に彼らは喚び出された。
 勇人は今でもそれが夢のように思える。だが、そこで得た様々な経験、知識、そして絆は今でも彼の中に残っている。
 そしてそれらが、その気がつくきっかけを与えてくれたのだ。
 あたりまえをあたりまえだと終らせるのではなくて、それを大切に想う心をも。
 
 勇人はスッと空に向けて手を伸ばしてみた。
 まるで太陽がすぐそこにあり、手に取ることができるかのように。
 だがそれを掴むことはできるわけなく、彼はぎゅっと拳を握った。
「みんな、元気かな…?」
「ええ、きっと元気ですよ。
 リプレさんも、ガゼルさんも、エドスさんも、レイドさんも、ローカスさんも、子供たちもみんな」
 綾はそのひとりひとりを心に思い浮かべながら、ひとつひとつ口にした。
 家族同然だった彼らとの思い出は今なお綾たちの心に色あせることなく、くっきりと残っていた。
 そして同時にそれは、彼らをさびしくさせるものでもあった。
「藤矢や夏美ともあれ以来連絡を取ってないからな…。
 そう言えば、あいつら、どこの学校だったか聞くの忘れてたな」
「そうですね。何だかあの人たちとは昔からの幼馴染だったような…そんな感じだったので、そこにいるのが当たり前だと思ってたんですけど…さびしいですね」
 ふっと懐かしみと哀しみを混ぜ合わせたような色を瞳に浮かべながら、綾はさんさんと降り注ぐ陽光を身に受ける。

「もう、戻れないのかな」
 ポツリと勇人が寂しそうに言葉を漏らした。
 しかし綾はそれに応えることもできず、ただ空を眺めるしかなかった。
「…綾とも、今日でお別れだな」
「はい…そうですね。たまには手紙を書きますから」
「ああ…うん。 俺も返事を書く」
 傍から見ればなんともない会話。
 だけど、それを口にすることは彼らにとってとても辛いことだった。
 微笑みながら空を見上げる二人の瞳からは涙が流れていた。

 だがふたりとも涙を拭おうともしなかった。
「俺は君や籐矢、夏美…そしてリィンバウムのみんなと出逢えて本当に良かったと思ってるよ。
 別れる哀しみよりも、出逢えた喜びを俺は想う。
 これからもいろんな出逢いと別れがあるんだろうけど、それに関しては変わらないと思う…きっとね」
 その言葉に不意をつかれたような顔を浮かべた綾だったが、それは一瞬だけで彼女は再び微笑んだ。
「それは素晴らしいことですね。私も見習うようにします」

 そして勇人と綾はすぅっと大きく息を吸い込み吐くと、涙を拭いて起き上がり、お互い微笑んで顔を見合わせた。
「じゃあ、またいつかどこかで、綾」
「ええ、きっとこの同じ蒼い空の下でまた逢いましょう、勇人君」

 青空と呼ばれるキャンバスには流れ行く雲とさんさんと輝く太陽が描かれていた――…

 


あとがき

 時間軸的には「演技と本音」の後の話。ということで、勇綾のSS。

 自分にしては珍しくほのぼのとした話が書けました。

 手紙であれこれやりとりするよりもメールすればいいじゃんという話ですが、これ書いてるときにはすっかり忘れてたり。

 …ハヤクラでもこれくらいほのぼのとしたSSが書ければいいんだけど。

 

 

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