「マグナさんのぉ…浮気者ぉぉおおおおおおっ!!」

 

 

揺れ動くココロ Act.1/一歩を踏み出すココロ

 

 

 後に傀儡戦争と呼ばれるサプレスの大悪魔・メルギトスとの戦いが終結してから約半年――、事後処理に追われていた人々もようやく元の生活に戻り始めていた。だが―――

 

「マグナの様子はどうなんだ、アメル?」

 場所は聖王都ゼラムの大通りに並ぶ一軒のカフェテラス。屋外に設けられたパラソル付きのテーブルについているのはアメルとフォルテ、ケイナの三人だった。三人とも気難しそうな様子で話しこんでいる。

「……あの日のままです。ネスティさんがいなくなったあの日からずっと―――まるであの人だけの時間だけが止まったかのようにマグナは落ち込んでいます」

 憂いの表情を見せ視線を伏せるアメルに、フォルテたちもしかめっ面を見せる。

 メルギトスとの決戦の時、ネスティはメルギトスの暴走を止めてみせた―――その身を大樹と引き換えに。マグナにとってネスティとはかけがえのない存在だった。幼い頃から馴染めない環境に立たされてそれを支え続けてくれたのは他でもないネスティ・バスクその人であった。家族のように慕ってきた彼がいきなりいなくなったこの事実はマグナに多大な心へのダメージを負わせた。

 あれから半年が経とうとしているのに、一向にマグナは立ち直ることはなく人と逢うことから逃げるように聖なる大樹のもとに小屋を立てて引きこもっていた。様子を見に時々アメルが彼のもとを訪ねるものの、相変わらず毎日をただ淡々と生きているようにしか見えなかった。

 

「…あいつ、どうしちまったんだよ」

「フォルテ……」

 アメルの話を聞いて思わず顔を見合わせてしまうフォルテとケイナ。その表情にはやるせなさが表れていた。そんなふたりを見て、アメルは頭の上に広がる青い空を見上げた。

(マグナ――、私じゃ貴方の力になれないの――?)

 

 

 

 一方その頃、話に持ち上がっている当人といえば、アメルの話にあったように大樹の前に立ち尽くして見上げていた。

「―――ネス、俺、このままじゃダメなんだよな?」

 マグナも今の自分に対して憤りや呆れが入り混じった感情を持て余していた。どんな人間だって出会いがあれば必ず別れの時が来る。その時を乗り越えられない自分はなんて弱いのだ、と何度も己を責め続けてきた。

 だが、頭では分かっていても心まではそう簡単に割り切れることはできなかった。

「俺、どうしたらいいんだよ…?」

 答えが返ってこないと分かっていても、大樹へと話しかける。もし、あの時メルギトスを止める術と力が自分にあったとしたら、こんな思いを抱かなくてもよかったのだろうか、そう疑問に思ったこともある。だが、このままでは自分は弱くなってしまう一方だ――、そう逡巡していたその時森から多くの鳥たちが羽ばたいていくのを感じ視線を空へと向けた。

「―――…どうしたんだ?」

 マグナは訝しげに鳥たちが羽ばたいていく空を眺めた。今まではこんなことはなかった。大樹から溢れる力のためか動物たちやはぐれ召喚獣は穏やかに共存しており、騒ぎなど起こることはなかったし、はぐれ召喚獣を捕まえて売り物にしようとしてきた人間たちは、マグナが直接追い払ってきた。

 すると、また劣悪な人間がここに踏み入れてきたのか――その考えが浮かぶと同時にマグナは顔をしかめてぎゅっと剣の柄を力強く握り締めた。

 ともかく、異常がないか確かめなくては。そのためにも、マグナは鳥たちが飛び去った辺りまで歩き始めた。

 

 用心して、木々を利用してそうっと様子を確かめながら近づく。

(だいたい、この辺りだったよな?)

 自問しながら、木の後ろから頭を出して様子を探った。視線を走らせて見るとそこにはどうやら誰かが倒れているみたいだった。慌ててマグナは茂みから飛び出し、その人物に駆け寄る。

 見た目マグナと同世代の少女だった。服装は―――…なんかこう、純朴な青年であるマグナにとっては過激なものであった。まず胸の豊満さを誇るかのように、ふたつの丘は黒い布地に包まれているが、その谷間がまるっきり見えるように中央は同じ布で幾重にもクロスさせて留めているだけのように見えた。また、下は上と同じく黒のスカートではあったが、スリットが入っており柔らかそうな太腿がちらりと見え隠れしている。

 

(って、ぁあああっ!? お、俺、何考えてるんだよ!)

 ここ半年、よく考えてみれば人と逢うといってもアメルが何回かここを訪れただけで、ずっと一人であった。ネスティのことで忘れていたが欲求不満がたまっているには違いなかった。

 それはさて置き、マグナは落ち着きを取り戻し、その顔を確かめるべく正面にまわる。髪はマグナと同じような紺色の混じった黒髪でひっつめになっている。そして顔は過激な服装とは打って変わって清廉という言葉が似合いそうな穏やかな顔つきだった。

 思わず起こすのがかわいそうと思えるほど穏やかな吐息をついている。だが、このままにしておくわけにもいかないだろう、そう考えたマグナは彼女の背中を支えて上半身を起こしてやった。

「あの、大丈夫ですか…?」

「んぅ……」

 マグナの言葉に目覚めたのか、寝ぼけなまこでじぃっとマグナの顔を眺める。そして言葉を紡いだ。

 

「―――ここは、どこだ? 私は、一体誰だ?」

 

 これはもしかして―――

 

「いわゆる記憶喪失っていうヤツ?」

 

 

 

 

「すまないな、介抱してもらった上に食事まで馳走してくれて」

「いや、それはいいんだけど――」

 この量は俺でも食べきれないなぁ。マグナは積み重なっていく皿の数に半ば呆然とした。

 あの後、状況を整理するためにもマグナは彼女を連れて小屋へと戻った。詳しく尋ねてみると何故あそこに倒れていたのか、そもそもなぜ此処まで来たのか、そして己の名前すら覚えていないというのだ。

「しかし、これからどうしたらいいのだろうか――何も覚えていないというのに、何をすべきなのかさえ分からない」

「―――…そうだね、ここから歩いて半日ほどで聖王都…大きな都市があるからそこで情報を集めたらいいんじゃないかな」

 マグナは困惑する彼女に向けてそうアドバイスした。だが、それは彼女にかかわりたくないという意思表示でもあった。もし、今度もネスティと同じようにまた守ることができなかったら――そう思うと、自然と言葉を紡いでいた。

 自分でも卑しいとは分かっている。けれどまたあのような痛みと悲しみを味わうことになるぐらいなら――。やりきれなさそうに、視線を下へと向けるマグナを見て彼女はふっと口元を緩めた。

「心配するな。迷惑がかからないようにすぐに出て行くさ」

 ズキリ――

 マグナは胸の奥に痛みを感じた。彼女の笑みは無理矢理に作ったものだと、直感的に悟った。

 記憶喪失で何もかも失った彼女が不安を感じていないわけがないはずだ。なのに彼女はこちらを心配かけさせまいと笑みを浮かべさせる。

 

(本当に、俺、弱くなったんだな……)

 少なくとも以前の自分ならばこのようなことをさせるようような弱さは持っていなかったはずだ。

 その時、自分のなかから声が聞こえてきた。

 

 

 本当にそれでいいのか?

 

 お前は変わりたいんじゃないのか?

 

 恐れるな、一歩を踏み出すことに。

 

 ―――その向かう先が絶望でも希望でも、一歩を踏み出さなければ何も変わらない。

 

 悲しみが待ち構えているのなら乗り越えればいい。

 

 その結末が絶望ならば、変えてしまえばいい。

 

 ならば、一歩を踏み出せ。マグナ=クレスメント―――……

 

 

 それはかつての自分の声だったのか、はたまた別の何者かの声だったのか、それは分からない。

 だが、それはマグナの背中を後押しするには充分なものであった。

 

「俺も行くよ」

「――…えっ?」

 彼女は嬉しさと驚きの混じった声で疑うように尋ね返した。

「俺も自分をもう一度探さなくちゃならないんだ。

 俺がこれからどう生きていけばいいのか、その道を。だから俺は、君と一緒にいくよ」

 にこりと笑みを浮かべて話すマグナは思わず驚く。こうして笑みを露わにしたのは久しぶりだ。今の自分にこんな表情ができるとは―――、一歩を踏み出した結果は上々のようだ。

「ありがとう…本当のことを言えば、不安だったんだ。まるで世界から見放されたようで…ありがとう」

 瞳に微かに涙を浮かばせながら、彼女は繰り返してありがとうと感謝を述べた。なぜかそのときドキッとマグナの胸は高鳴り、そっと彼女の手を取り目線を合わせる。そして―――…

 

「こんにちは、マグナ――…心配なんで、また来ちゃいました。

 ネスティのことは忘れられないかもしれませんが、せめて私は貴方の―――……」

 

 突如小屋の扉は開かれて、そこにはアメルの姿があった。だが彼女は硬直する。

 そしてマグナと彼女も硬直する。

 

 

 ………三者とも硬直してしまい、最初に言葉を紡いだのはアメルだった。

 

「ま―――」

「ま?」

「マグナさんのぉ…浮気者ぉぉおおおおおおっ!!」

 ぶんっと勢いよく投げられた杖は、マグナの頬をヒットし宙に舞う。そしてゴスッと小気味のいい音を立てて彼の頭へと落下しその場へと倒れた。

「あ――…」

 マグナは意識が白く溶けていくのを感じながら、さん付けに戻ってるなぁとどうでもいいことを考えながら気絶してしまった。

 

 

 

 

 

 一方そのころ、遥か離れたサイジェント、マーン三兄弟邸では――…

「キムラン様、ゼラムへ出張されるというお話は本当ですか?」

 清楚なイメージを抱かせる純白のブラウスに真紅にロングスカートに身を包んだ女性は、寂しそうに言葉を紡いで野獣を思わせるような男性――キムランを後ろから抱きしめる。

「あぁ、姉貴に呼び出されちまってよ。兄貴やカムランは仕事があるから代わりにってな。

 何でも――あの召喚兵器が今だ活動しているらしいンだとよ」

 召喚兵器――ゲイル。傀儡戦争でもマグナたちを苦しめたそれはミニスの母親、ファミィ・マーンを通じてキムランたちにも伝わっていた。ことがことなだけに、ファミィは自分も対策について呼ぶことにしたのだとキムランは言う。

「まァ、心配するなよ。すぐに帰ってくる――リキュール」

 不安を言葉にする愛する女性の頭を、その無骨な手で優しく撫でてやった。

 すると一変したように、うふふっと嬉しそうな笑みを浮かべて彼の腕に自分の腕を絡ませて言った。

「では、帰ってきたらたくさん子どもを授かるように頑張りましょうね♪」

「………」

 獰猛なその顔に見合わず、顔を赤らめるキムランにリキュールは一層機嫌をよくさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 捏造キャラ辞典―act.1編

リキュール・マーン 性別:女性 年齢:20

 『キムランさんちの事情』に登場済みのオリキャラ。

 キムランの奥さんで新婚アツアツカップル。

 ちなみに盲目であるが、そのほかの感覚が常人以上に発達しており、

 ハヤトやキムランに召喚術を習って一週間でイムランを倒した実力のつわもの。

 性格は淑女と言ってもいいが、時々ぶっ飛んだ思考をしているときもある。

 子どもは五人が目標。 得意召喚属性は霊。

 

記憶喪失の少女 性別:女性 年齢:(見た目)17〜19

 過激な服装な割には清廉な顔立ち、そして冷静な口調が特徴的な少女。

 記憶喪失の彼女にはどんな秘密があるのだろうか?

 また口調に似合わず、少女趣味で女の子している。

 

名も無きウェイトレスさん

 冒頭で話しこんでいたアメルたち三人だが、注文もとらず話していたので注文とろうとするも

 真剣味たっぷりと話している雰囲気に近寄りがたく困惑しており、存在すら描写されなかった新米アルバイター。

 後にパッフェルさんに勝らず劣らずの名アルバイターになるが、そんな物語これから先誰も語らないだろう。

 

あとがき。

凍結になった『並走、交叉、そして混在』の代わりにはじめた長編です。…一応完結させるつもりで頑張ろうと思ってます。

それはさておき、物語は傀儡戦争から半年後のマグナが主人公の物語です。

大樹になったのはネス…。

この物語は夜会話システムを取り入れて毎回の夜会話の相手を選んでもらっているのですが、

大樹がネスなのはアメルを特別なヒロインとして画きたくなかったためです。…あわれ、ネスティ。

しかし、ネスティはマグナのなかで大きなウェイトを占めています。そのため、外に目を向けることなく落ち込んでいるマグナですが

はてさて、どういう展開になることやら。次回をお楽しみに〜

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