交差点〜For Restart the Fighting

 

 真っ暗闇。

 まるで身体がゆるやかに溶かされるような温かみのある暗闇。

 もし、母胎での記憶があるとするのなら、こんな感じなのだろうか。

 

 そんなどうでもいいことを頭に浮かべながら、マグナは目前の人物を見据える。

 どんな暗闇でも、彼女の姿だけははっきりと視認することができた。

 自分と同じような濃紺の髪を持ち、蒼の派閥の制服を着た彼女、それは―――

 

「やあ、トリス」

「こんにちは、マグナ」

 

 まるで旧知の友人かのように親しく挨拶を交わすふたり。だが、その両手には杖と剣、短剣が握られていた。

「君が俺であること以外は何も知らない。いや、知らなくてもいい」

「そうよね。 だって、あなたはあたしなんだから」

マグナは肉薄しながら、ふっと軽く息を吐き出すと勢いよく横に剣をなぎ払う。

それを器用に杖で叩き落し、トリスは短剣を躊躇いもなく素早く肩口を狙って突き出した。

だが、それはマグナの肩を掠めただけに終わり、彼は素早く身を退いて体勢を整えなおす。

「俺がフォルテたちや他のみんなと出会うのと同じように」

「あたしがネスやアメル、そしてあたし自身が何であるか知ると同じように」

 

「君は、俺と同じ体験を辿ったはずだった」

「あなたは、あたし同じ記憶を追ったはずだった」

 

 ふたりは同時に 闇 を蹴り上げて衝突する。マグナの初撃は回避され、続いて斜め下から繰り出した剣撃も杖によって軌道を反らされる。一方トリスもその隙に短剣を真っ直ぐ横に薙いで傷を負わそうとするも、剣撃の勢いに負けて狙いが定まらず空を切った。

 

 再びお互いに距離を取るふたりは、何の焦りも不安もなく不敵に笑う。

「だと思った。ただ俺はここで君を越えなきゃならない」

「でも、それをあたしは食い止めなくちゃいけない」

 まるで合わせ鏡のように構えを取るふたりは、暗闇に囚われずただ真っ直ぐに相手の瞳を覗き込んでいた。

 最初に表情を崩したのはトリスだった。不敵な笑みから、物寂しげなやりきれない表情となって。

「なんで、最初メイメイさんに無限回廊に行かせられるのかな、ってずっと不思議に思ってたの。

 メルギトスを倒した今となって、力をつけるには此処は相応しくないはずだから」

「そうか…君をここに寄越したのはメイメイさんの仕業か」

 苦笑を漏らして、一瞬目を逸らす。だが、その一瞬をトリスは逃さなかった。

 彼女はその身の軽さを生かして、軽々と跳躍し短剣をマグナへと突きたてようとする。不意を突かれたマグナは杖で防ごうとするが、軌道を逸らしただけで肩を貫かれた。そのまま、着地し蹴りを放とうとするトリスから距離を離した。

「でも、あなたは まだ なのね。 あの悪魔からふたりを助けるために、あなたは力を求め得た。違う?」

「ああ、この数年、何も考えずただ力を得ることだけを考えてきたよ。あのときを後悔しながら。

 そうか…ああ、だから君は…俺を止めに来たのか」

「そう、あなたが歩もうとしている道は絶対に間違っている。 ネスもアメルもそんなことを願ってない。

 ―――マグナを止めて、シャインセイバー」

 悲しそうに目を伏せながら、トリスは手早く詠唱を紡ぎ召喚術を行使する。空間が歪曲し、各々形の異なった五本の純白の剣が、彼女の頭上からマグナへと目掛けて降り注がれる。

 驟雨のごとく、降り注がれようとするそれらを不遜に睨みつけマグナも同様に言霊を紡ぎ、杖を五つの脅威へとすっと向けた。

「君には分からない。分からないさ、ネスやアメルのいない世界なんて。それがどれだけ俺に絶望を齎(もた)しているのかも。

 ―――俺の道を拓け、ダーク ブリンガー!!」

 純白の剣と同様、五つの漆黒の刃がマグナの頭上に顕われて、弾丸のようにそれぞれ純白の剣へと襲い掛かる。轟音を伴いながら容赦なく射撃する漆黒の刃は容易く純白の剣を打ち砕いてしまう。

 

「なっ――」

 まさか打ち砕かれてしまうとは思いもしなかったトリスは驚愕をその顔に隠しきれなかった。それを当然かのごとく醒めた瞳で見つめながら、マグナは次の召喚術へと移行する。

「言っただろう? 力ばかりを追い求めていたと。 君と俺の間には力の差が有りすぎる。

 ―――それが、いいのか悪いのかは別としてね。

 俺は約束したんだ。いつか必ずアメルとネスを助けに行くって…だからここは行かさせてもらうよ。

 ―――出現(いで)よ、銀の翼竜(ワイヴァーン)」

 どこか寂しさと確執めいた言葉を紡ぎながら、彼は真っ直ぐトリスを見据えた。何の疑いもなくただ純然たる意志を持って、杖を彼女へと向ける。彼の頭上から現れた翼を持つ従者は、主の指し示す敵を認めて大きく口を開いた。

 

火葬(もや)せ――…、虚空を彩る炎――!

 ライオット・レッド・サーカス!」

 

 主からの命を受けて、銀の翼竜からは容赦なく炎の嵐が撒き散らされる。炎の弾丸は驟雨の如く、トリスへと降り注ぎ、大地へ烈火の海を作り上げる。

「くっ――…!」

 トリスは淡く緑に輝く魔障壁を創り上げて、なんとか耐え忍ぶ。だが、魔障壁はダメージを緩和するだけのものであって、魔障壁を維持するために掲げている両掌はすでに火傷を負っており、皮膚を焼ききるような痛みと熱が彼女の小さな両手を侵す。

 だが、それでも彼女は一歩も退くことはなかった。むしろ、炎の嵐を跳ね返すかのように上へ上へと両手を押し上げた。

 

 ―――こんなの間違っている。

 トリスはただただ、その想いだけでマグナの行く手を阻んだ。今のマグナではメルギトスに勝てるはずがないと、トリスはどこか心の中で確信を持っていた。

 たしかに今のマグナは、自分より力を持っているのだろう。だからこうして、防戦一方を強いられている。

 しかし、トリスがメルギトスを倒すことができたのは、仲間たちがいてからこそだった。お互いを信じあい、助け合うことができる深い絆があったからこそ、それを嘲笑うメルギトスを打ち破ることができた。

 だが、マグナはそれすら気付かずにただ独りでメルギトスに挑もうとしている。しかも、後悔や執念、そして怒りの感情を持って。負の感情はヤツの糧となることを知っておきながら、挑もうとする。もし、この場にネスティがいれば「君はバカか!?」と怒鳴りつけることだろう。

 

 メイメイから事情を聞かされたときは驚いた。異世界の自分がバカな真似をしているから、それを止めてあげて、と。 

 異世界は異世界でも並行世界だとは思わなかったし、その並行世界の自分が男だとは知らなかったし、これほどまでに切羽つまっていたとは全然聞かされてはいなかったが、トリスは自然とそれを受け入れた。

 別に今暮しているこの自分の世界とは無関係だと思えるほど、トリスは大人ではなかった。もし、このことを知ればネスティは必ず引き止めただろうし、アメルも絶対に止めていただろう。

 それほどまでに愚かで無駄な選択だった。もし、メイメイの頼みを断って事態を知らないまま、見過ごしておいても何ら今のトリスには影響を及ぼさない。

 

 だが、トリスは今の選択を選んだ。

 もう一人の自分も、異世界のネスティ、アメルも救いたかったから。

 

「―――そのためにも、あたしは負けないよ…マグナッ!!」

 

 ぱぁんと火弾をかき消し、彼女は炎の嵐をかいくぐる。その行動にマグナは目を丸くさせた。

 こんな危険の中を掻い潜ってくるなんて自殺行為だ。この場合、距離を取って召喚術を行使し体制を整えなおすのがセオリーだというのに、彼女はそんな常識に囚われず、ただ刃を煌かせて烈火のなかを疾駆している。

 その驚きがマグナの一瞬の隙を呼び起こした。素早く彼の懐に潜り込んだトリスは、マグナのその肩を狙って切り裂いた。顔をしかめるマグナは流血する肩の傷口をそのままに、反対の杖を振るいトリスをけん制した。

「あなたも、ネスもアメルも、幸せにならなくちゃならないの!

 あなた一人だけが傷ついて、悲しみを背負って! それで何になるっていうの!?」

「君に何が分かる!? 俺は傷ついてでも、ネスやアメルを助けたいんだ!!」

 マグナもトリスも絶対に退かないといわんばかりに、その瞳には強い意志を現す光が宿っていた。ふたりともネスティとアメルを助けたいという気持ちは一緒だった。だが、その過程と結果を巡ってふたりは対峙する。

 そして、先に動いたのはトリスだった。

 

「あなたには、フォルテやケイナ…ロッカにリューグ…みんなが、仲間がいるじゃない!!

 何で頼ろうとしないの!? いい? あたしがネスやアメルの代わりに言ってあげる!!」

 

杖先に魔力と意識を集中させる―――

「ネスもアメルも、貴方に傷ついて欲しくなかったから――あなたを逃がしたんでしょう?」

 

 異世界の友を呼び出すために、空間を繋げ歪曲させる――

 

「何が力を得たいよ! 結局あなたは傷ついてるだけじゃない…独りだけで戦って…また傷ついて!」

 

 歪曲させた空間からは、救いを求めた友のために駆けつけた純潔な龍の姿が現れる。

 

「本当にネスたちを助けたいなら、どうして仲間に頼らないのよ!」

 

「―――…!!」

 そして、トリスは瞳に涙を溢れさせながら、しっかりと目を開き、言葉を紡ぐ。

 

「あなたはバカなの!? レヴァティーン…お願い! マグナを止めて!

              ――― 断 罪 の (ギルティブリッツ)!!」

 

 異世界の友の口からは蒼白い光弾が吐き出され、そして――暗闇は光によって切り裂かれた。

 トリスはその時、僅かだがマグナが微笑んでいることに気付いた。もっとも、その次の瞬間意識は混濁して、うやむやになってしまったのだが。

 

 

 

 意識を取り戻すと、そこは見慣れたメイメイのお店だった。

「あ、れ…メイメイさん…ここ…?」

「にゃははは〜、わたしの店よん♪ どお、目覚めたかしら?」

 いつものように陽気な態度で、半分だけ身体を起こして頭を手で押さえるトリスの顔を覗き込んだ。

「うん…まだ頭がはっきりしないけど……それよりも」

 真摯な眼差しでトリスはメイメイの顔を覗き返した。だが、彼女はその先のトリスの言葉を先読みしているかのように言葉を紡ぐ。

「もう一人の貴方…つまり、マグナがどうなったか知りたいんでしょ?」

 メイメイの問いにトリスはこくこくと頷きを返した。じゃあいらっしゃいと、メイメイは手招きで自分の水晶の置いてあるテーブルへと招いた。

「本当は因果律にもかかわってくるから、あまりこういうことしちゃダメなんだけど…折角働いてもらって、何もなしっていうんじゃ、若人が可哀想だからねぇ〜、ほら、見てみなさい」

 言われるままに、トリスは水晶の中を覗き込んだ。そこには―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「………メルギトス。今度こそ、あなたに俺は勝つ。

 そして、アメルとネスを救ってみせる―――…!」

 

 その瞳に迷いはなかった。怒りも苦しみも哀しみも、全てどこかへ置いてきたかのように、ただ未来(まえ)を向いて、ひとつの目標を成し遂げんとばかりに強く瞳は輝いていた。

 そして、その背中を後押しするかのように、彼の後ろにはトリスも知っている姿が頼もしく映っていた―――

 

あとがき

 何を思ったか、源罪ルートのマグナVSパートナーEDのトリスなぞ書いてみました。一応バトルシーンの習作。

 まぁ一部オリジナルの召喚術を使ってますが、適当なので気になさらず(笑

 それにしても、短いなぁと自己反省点が後になってから気付かされたり…

 こういうの好きだったりします。在り得ないもう一人の自分の存在との邂逅というのが。

 マグトリはこういう展開になりやすかったり。落ち込んでいる一方をもう一方が励ますという感じになっちゃうんですよね。

 ちなみに、最後のマグナは「ハッピーエンドを取り戻しに来た!」と言わせたかったのは秘密です(ネタが分かる人いるのか)

 

 

 

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