と一緒にふたりで〜Partner〜

 

「はっ―――? 好きな異性のタイプ、ですか…?」

「そっ、クラレットはどんな男の子が好きなのかなぁって」

 ある日の昼下がり。家事もひと段落ついたリプレは、クラレットと共に、紅茶を飲んで楽しく談笑していた。お世辞にも裕福とはいえないフラットの家計事情では、あまり高級な紅茶は飲めないがどんな安物の紅茶でもリプレの手に掛かってしまえば、その値段の高い安いに関わらず美味しくなってしまう。それにリプレ謹製のお茶請けが加わってしまえば、話も必然と楽しく弾んでしまうというわけだ。

 

 しかし、唐突にこのリプレの質問を振られたクラレットは答えに窮してしまう。

「え、っと…あの、その――、私はそういうのには疎くて…」

 すまなさそうに、口ごもるクラレット。それも当然かもしれない。

 元は無色の派閥員だったという特殊な過去を持つ彼女は、今までその様な「好きだ」という感情を持てるような異性とは出会ったことが無かった。もちろんそれは、彼女を一人の少女と見ている人物が周りにいなかったためであり、もし普通の少女として暮らしていたならば彼女に惹かれる異性も現われただろう。

 

「えーっ? でもクラレットって可愛いから、言い寄ってくる男とかいるんじゃないの?」

 にこにこと笑って、しどろもどろに答えるクラレットの様子を微笑ましそうに眺める。贔屓目を抜きにしても、こうやって恥らいながら困惑する彼女は、女の子していて可愛いとリプレは思う。無論、フラットに来たばかりの頃のクラレットはひとり閉じこもり気味で、他人との間に壁を作っていた。(ハヤトの監視という立場から考えると当然ではあったが)

 しかし、フラットのメンバーと触れ合っていくうちに、彼女の心は温かく解きほぐされて、いつの間にか彼女も無色の派閥員としてではなくフラットの一員として、みなと過ごすようになっていた。それは、彼女の女の子としての本来の魅力を取り戻させていた。

 

 それは、リプレにはとても喜ばしいことではあったし、他のメンバーも同じだろう。特にリプレは女手一つでフラットの家事や洗濯、子どもたちの面倒までとこなしている毎日を大忙しに生きる彼女にとって、話の会うような同年代の友達はいなかった。だから、クラレットという仲間ができたことで、女同士でしか話せないようなことも相談できるようになったし、取り分け他のメンバーよりも強く彼女を仲間以上の存在だと思うようになっていた。

 

 しかし、問題なのは、その自分の魅力に気付いてないクラレットだ。彼女は己の過去のためか、本来の女の子としての魅力に気付かず、どうも自分に自信を持てていない節がある。リプレとしてはもっと女の子としての楽しみを知って欲しいので、やはりそういう魅力は自覚するべきだと思っている。

 今日もこうやってそういう話をしているのは、そのためでもあった。

 

 けれど、クラレットは控えめな笑みを浮かべて頭を横に振った。

「まさか――…、私みたいな女を好いてくれる人なんて居ませんよ」

 ここまで謙虚になられてしまっては、逆に嫌味としてわざとしているのだろうかとさえも、思えてくる。まあ、クラレットの場合は本気で言ってるんだろうけどとリプレはため息をついた。

「また、そうやって自分のことを―――…、いい、クラレット?

 あなたは女の私から見ても充分魅力的だし、男の人から見れば尚更よ。もっと自信を持ちなさいって」

「そ、そうでしょうか―――…?」

 多少困惑したような微笑を浮かべながら、リプレは言った。リプレの口から直接そう言われたクラレットとしても満更ではないが、それでもと思ってしまう。

 

 どんなに足掻いたって、その人物の過去が消えるわけではない。彼女が自身を貶める理由はそこにあった。

 派閥の命令でこの手で召喚獣を手にかけたこともあるし、または非道な行いも行ってきた。ハヤトたちを裏切っていたことはほんの氷山の一角に過ぎない。もちろん、クラレットはもうそれを隠そうとはしないし、ハヤトたちも聞こうとはしなかった。それまでに彼等の間には強い絆が生まれていた。

 けれど、それでもまだ彼女自身の心にはひっかかりが残っていた。

 

 それもリプレは理解している。今、それを誰かが糾弾してしまえば、たちまち彼女はまた閉じこもってしまうだろう。だから、こうして楽しくお喋りでもしてそれを忘れさせようとするのだが、もしかして根本的な解決にはならないのだろうかと思うこともある。それが証拠に、今だ彼女は己の罪を許してはいない。

 

 

「もう仕方がないわね…ちょっと散歩にいってらっしゃい」

 微苦笑を浮かべたリプレは無理矢理にクラレットの腕を取ってぐいぐいと玄関まで引っ張っていった。これにはクラレットも驚き、あわわっとバランスを崩しそうになりながら疑問符を頭の上に浮かべる。

「ちょ、え、えっ、あの、リプレ―――…!?」

「いいから。ハヤトならいつも通り、川で釣りをしていると思うから―――気がまぎれるまで帰ってきちゃダメよ?」

 最後にリプレはとびきりの笑顔を浮かべてバタンッと勢いよく玄関のドアを閉めた。追い出されてしまったクラレットは抗議の一つでもしようかと考えたが、すぐにその考えは振り払った。

(あの笑顔のリプレは本気よね…)

 いくら理不尽な行動であっても、あの笑顔には何故か勝てないような気がした。悄然と項垂れながらも、こうしていても仕方がないと思い、彼女は足を動かし始めた。

 

「ふぅ――…」

 今日は曇り一つ無い晴天で、日差しがさんさんと降り注ぐ。多少のまばゆさを覚えながらも、クラレットは歩きながら空を見上げた。ひとつの曇りもない清らかな蒼穹――、いつか私の心もあのように綺麗に洗われるのだろうか。そんな思いを馳せながら、彼女は歩く。

 ただ、その蒼穹と太陽を何処かで見た覚えを感じながら―――

 

 

 歩いていると、いつの間にか足はアルク川へと向かっていた。知らず知らずのうちに、ハヤトを求めているのだろうか――、そこまで考えて自分の考えに苦笑した。それではまるで、リプレの言うとおり、恋愛をしている少女そのものではないか。

 たしかに、ハヤトと一緒にいて嫌な気分にはならない。むしろ、一緒にいることで安心する時もある。しかしだ、向こうも同じように思っているとは限らない。お世辞にも自分は外向的な性格とは言えないし、何か話するにしても自分の知っていることと言えば、召喚術のことだけで他の話題話は思い浮かんでこない。

 そんな自分と一緒に居て、ハヤトはきっと迷惑しているに違いない――、やっぱり引き返そう。そう思ったときには既に遅かった。

「あれ、クラレット――? 珍しいな、クラレットが外を出歩くなんて。

 …まあ、いいや。どうだ、俺の釣りでも見ていくか?」

 顔を上げてみると、釣竿を手にしたままこちらに振り向いているハヤトの姿がそこにあった。

「はい、それでは隣…失礼しますね」

 クラレットとしては、その申し出を受けるのはやぶさかではないし、断る理由もなかった。ただ、先ほどのひっかかりはあったが。彼女は誘いに応じて少しだけハヤトと距離をとり、芝生へと腰を下ろした。

 

 しばらくの間、じぃっとハヤトの釣りを眺めていた。いや、「釣り」をというよりは「ハヤトの横顔」をと言うべきかもしれない。いつも穏やかな笑みを浮かべて、周りの人間を安心させる存在――だと、少なくともクラレットは思っている。出会ったその頃こそ、反対といえば反対の性格のためかよく意見が食い違い、ぶつかりあいもしたが、今ではフラットのメンバーを引っ張っていくほど逞しく男らしく成長している。

 

 男らしく―――、何故かそこでクラレットは頬が火照るのを自覚できた。

(もしかして、私はハヤトのことを男性として見てるのかしら――?)

 まさか、と首を振るう。今までは仲間として彼と接してきた。もちろん、他のメンバーよりは彼を元の世界に戻すということで彼と接する機会は多かったが、それでも異性として見るような機会はなかった。

 ただ、彼女自身、彼への思いは仲間としての信頼ではなくほかの別のものを抱いていると感じていた。

(えっ、え、それって、も、もしかして―――)

 まさか、この気持ちが“好きだ”という感情なのだろうか。だとしたら、困る。こんな気持ちになるのは初めてだし、それを自覚してしまったのなら、これからどうやってハヤトと接していけばいいのか分からない…

 

「――れっと…? クラレット?」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 いつの間にか横からはそのハヤトが心配そうに彼女の顔を覗き込んでおり、あまりに唐突に彼の顔を見てしまったためか、思わず声が裏返ってしまった。

(は、恥ずかしい…)

 穴があれば入りたい気分だった。今の自分は相当ヘンな顔をしているのだろう。目の前のハヤトは首を傾げながらじっと自分の顔を覗きこんでいる。

(ハヤトが私を、ハヤトが私を、ハヤトが私を――?)

 もう何がなんやら分からなくなってきたクラレットの頭の中はぐちゃぐちゃに混乱しており、ただ「ぁ、う…ぅ、ぁ…」としか、まともに言葉を紡げない。今までこれほどまでに緊張したことはない。

(どっ、どうしようっ…!?)

 召喚術に関しては一級の知識があるクラレットも、今の状況にはどのように対応すればいいのか、頭がかっかっして分からない。

(な、何か、喋らなくちゃ…! ハヤトにヘンだと思われちゃう…!?)

 

「…本当にどうしたんだよ、クラレット? さっきから黙りこくって…もしかして調子が悪いのか?」

「えっ、あ、や、あのっ…!」

 いらない心配はさせまいと、誤解を解こうとするが、どうやって解こうかまた困ってしまう。自分でさえどう捉えていいのか分からない感情をそのまま話すわけにもいかない――ああ、どうしたら、と迷っていたクラレットの額に何か温もりが宿る。何かと見上げてみれば――

「う〜ん…熱は無いみたいだけど…体調が悪いならフラットに戻るか?」

「―――ぁ」

 自分の額に同じく額を合わせているハヤトの顔が。ああ、もう、ダメだ――クラレットの脳内はショートを起してしまった。

「く、クラレット…?」

「あ、うゅ、ぴゅおぽれりるれらーーー!!」

 もう、我慢の限界。 クラレットの理論回路は完全に壊滅――呆然とするハヤトをその場に残して奇声を上げながら逃げるようにその場から走り去ってしまった。

 

 気付けば、自分の部屋のベッドに倒れ伏せていた。

「どうしてこんなに――」

 ハヤトのことが気になるのだろう。しかも今日はとんでもない自分の姿を見せてしまった。

「はぁ……」

 まだ心臓がばくばくしている。恥ずかしい――…自己嫌悪に陥りながら、枕に自分の顔を埋もれさせる。このまま眠ってしまおう――あ、シャワーはどうしようか…とうとうとと眠りに入りそうになったその時、コンコンと控えめに部屋のドアがノックされる。

 まさかあんな失態を見せてしまったのだ、ハヤトではないだろう――そう思って、彼女はドアを開ける。が、そこに立っていたのはハヤト本人そのものだった。一瞬、クラレットの中でピキッと硝子にひびが入るような音を立てて時間が止まった。

 

 

「あ、あのさ…良かったら中に入れさせてもらえると、嬉しいんだけど…」

 ずっと自分の顔を見つめて、動こうとしないクラレットに、恥ずかしさを覚えながらもハヤトは中に入れてもらうよう、頼み込む。そこで我に帰り、どうぞと小声で彼女は室内へと招きいれた。

「あ、あの…何か御用ですか? 召喚術のことなら、また後日お教えして差し上げますから…」

 とてもじゃないが、このまま召喚術を教えるなんてできそうもない。ハヤトと一緒だということを意識してしまうだけで、失敗してしまいそうだ。しかし、ハヤトは首を振ってそうじゃないと答えた。

「いや、さ…今日、クラレットの体調が悪そうだったから、どうなのかなって思ってさ…」

 面と向かって心配したというには気恥ずかしさがあるのか、彼はぽりぽりと頬を掻く。

 

 どうして――、どうして、この人は――…

「どうして…ハヤトは、私のことをこんなに心配してくださるんですか?

 私はみなさんに迷惑ばかりかけているというのに―――」

 クラレットはハヤトから視線を外すようにくるりと背中を彼に向ける。

 その言葉に彼は一瞬意外そうな顔をするが、その表情は少しずつ険しいものになり、むっと怒ったようにクラレットを見つめる。

「当たり前だろっ!? クラレットは俺たちの仲間だから心配するのは当たり前じゃないか!

 それとも…クラレットは、俺のことをそうは思ってくれていないっていうのか…?」

 そこまで言うと、ハヤトはしょんぼりと肩を落として目線を下へと向ける。

 

 ―――まさか、そんなことがあるはずがない。

 クラレットは慌てて首を振った。

「ち、違いますっ! だ、だって…私はリプレみたいに器量がよくありませんし、性格も外交的とはいえませんし…つまらない人間なんです…私は」

 …何だか話が違う方向に行ってる、と思いつつも、ハヤトは首を振ってそれを否定した。

「何でだよ? クラレットは、召喚術の教え方は上手いし、頼りがいがあるし…」

「頼りがいが、ある―――?」

 ポツリとハヤトの溢した言葉をオウム返しに繰り返す。むしろ、頼っているのは自分の方なのに――、そう言葉にしようとした瞬間、ハヤトが言葉を紡ぎ続ける。

 

「ああ。だってさ、はぐれ召喚獣と戦うときも、いつも召喚術でサポートしてくれてるだろ?

 安心して背中を任せられるっていうかさ――、一緒にいると安心するんだよな」

 恥ずかしげもなく、にこりと笑う―――もちろん、後ろ向きになっているためその笑顔は見ることはできなかったが、その時、ハヤトはぽすっとクラレットに重みがかからない程度に背中を持たれかけさせる。その感触を受けて、クラレットの顔は朱色に染まる。

「こういうのどう言うんだろうな…そうそう、パートナーだ」

「パートナー…ですか?」

「そう、パートナー。 俺はクラレットのことを頼りにしてるし、クラレットももっと俺に頼ってくれよ」

 ハヤトは目を細めながら、そう告げた。彼は、他の誰でもないクラレットを信頼しているのだ。口には出していないが、彼にとってクラレットという存在はまるで自分の半身のようなものだと感じている。だから信頼するのは当然だし、逆に信頼されたいとも思っているわけだ。

 無論、彼女と衝突がないわけではない。しかし、その衝突があるからこそ、お互いのことが理解できるようになるし、成長することもできる。何よりも、最初は全く知らなかったクラレットのことが新しく理解できることが楽しかった。

 彼自身は気付いてはいないが、仲間として以上の感情を抱いていた。もちろん、そのことはクラレットも気付いていないが。

 

「悩みがあるなら、何か言ってくれればいいし、俺も何かあればクラレットを頼りにするよ。

 だからさ――、クラレットはもっと自分に自信に持てよ」

「―――、ハイ…」

 今のクラレットにその言葉はとても嬉しかった。この人と一緒なら、強くなれる――根拠はなかったが、自然とそう思えるほど、クラレットはハヤトに勇気付けられた。

 

「これからも、宜しくお願いしますね――…ハヤト」

 だからだろうか、とても柔らかな優しい声で彼の名前を呼ぶと、彼女が気がつけばハヤトの両手を繋いでいた。

 

 

 そうか、とクラレットは思う。

 あの蒼穹を見上げた時に思い返したのはきっと、ハヤトの笑顔なのだろうと。

 彼の太陽のようなまぶしく、蒼穹のように澄み渡る笑顔で傍で見守っていてくれたからこそ、今の私があるのだと。

 

 そして、祈る。

 ――このまま彼と、ずっと一緒に歩いていけますように、と。

 

あとがき

 パートナーという存在は一体どういう感じなのだろうと思って書いてみたものです。

 まあ難しい存在定義は置いておき、パートナーらしいハヤクラを書きたかっただけです、実は。

 一緒にいたいと思える、一緒にいることで何かが得られる、それがパートナーだという感じに書いて見ました。

 ちなみに、誓約者orパートナーが女性キャラの場合、リプレといい親友になりそうな気がします。

 リプレは彼女たちが来るまではずっと女手一人で子供達の世話や家事などをこなしていて、友達と一緒に遊ぶという年頃の女の子らしいことはできてないと思うんです。

 だから、その分、彼女たちと仲良くなるのではないかと思い、冒頭で恋愛話に花を咲かせるリプクラを描写してみました。

 

 作風は今まで書いてきたので言うと、パートナーという視点では『Together』や『探求者』の路線でしょうか。自分にしては珍しくほのぼの系。

 これで某ぼのさんには近づけたでしょうか(笑

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