白き夜の熱
無色の派閥の乱が治まってから数ヶ月。新しい季節の巡りを迎える一週間ほど前のこと。
フラットのアジトでは新しい季節を迎えるための準備――つまり大掃除で皆忙しくしていた。
いつも多忙なリプレは言うまでもなく、普段はだらしのないガゼル、それに子どもたちまでがその手伝いをして、もちろん、居候の身であるハヤトやクラレットたちも自分の部屋を一生懸命掃除をしていた。
「うにゅ〜。マスター、こっちは終わりましたですの〜」
「おっ、サンキュ。じゃあここはいいから、エルカの手伝いをしてこいよ。
たしかフィズたちと外の庭掃除をやってたはずだからさ」
「はーい、ですの」
先ほどまでハヤトの部屋掃除を手伝っていたモナティは、元気よく片手を挙げて答え、パタパタと音を立てて部屋をあとにした。
ハヤトは笑ってそれを見送ると、手の甲で額の汗を拭った。
「いやー…元気がいいなぁ、モナティは。オレなんかもうヘトヘトだっていうのに」
オレも体力が落ちたかなと苦笑しながら独り言をつぶやくと、ハヤトは目を細めて自分の部屋の窓から空を眺めた。
そこにはただ果てしない蒼穹が広がっている。
「―――あっちじゃあ、もうクリスマス…ってところなんだろうな」
ふいにハヤトは掃除の手を休めて、元の世界のことを思い出す。
ホームシックとはいかないまでも、ハヤトも元の世界が恋しくないはずがない。別にクリスマスに深い思い出があるわけではないが、こうして年の終わりを感じることによって、彼はどこか切ない気持ちになった。
とはいえ、ここでの生活が不満だと言うわけではなかった。
たしかに元の世界に比べれば不便なことがあるが、それ以上に“家族”と呼べるような仲間を得ることはできたし、なによりこの世界はハヤトに様々な経験を与えてくれた。
まだ見ぬ自分のなかの自分の発見、そして広がる彼の世界。
ただ灰色にしか見えなかった世界が、急に鮮やかに彩られるのが、この世界に来た途端、理解でき、元の世界では得られなかった何かが此処では得られたように思えた。
―――そして
「あら、大分片付いているみたいですね」
「あ、うん…どう? クラレットの方も進んでる?」
ハヤトは掃除の手を止めず、部屋の中に入ってきたクラレットを見やる。
彼がこの世界に来て、元の世界に戻れず寂しいと思わなかったのはこの少女のお陰だった。
「必ず貴方を元の世界に戻します」と公言してはばからない彼女を見て、それだけ自分のことを考えてくれているのだと思えた。
だから、ハヤトの心のなかからは、不安だとかそういうものはいつの間にか、自然と消えてしまっていた。
それに、そのためにクラレットが一生懸命自分のことを元の世界に戻そうと、あれこれ調べてくれているのは知っている。時々、ハヤトが心配になるほどの無茶をするときもあるが、そのときは彼女はむぅとふくれっ面になって、決まってこう言う。
「無茶? ならいつもしている後先考えないハヤトの行動は何なんですか?」と。
ならば、ハヤトは黙るしかないわけで、クラレットの“無茶”を認めざるを得なくなる。
とはいえ、自分のためにこうしてあれこれ手を尽くしてくれているのはとても嬉しいことだ。
と、常々思っているハヤトだが、いつもそこで気がつく。
彼女への思いはそれだけなのだろうか、と
もちろん、その答えはNOだ。だが、それをなんと呼ぶのか、今はまだハヤトには分からなかった。
おそらく、世間一般ではそれを「恋心」とか「愛情」だとか言うのだろうことはハヤトもうすうすは気がついているが、まだそれを実感していないから、はっきりとは自覚できていない。
だが、それが何なのか知るために「もう一歩前に踏み出したい」という気持ちと、それを知るのが怖くて「このままでいたい」という気持ちがせめぎあっている。
そんな自分の心。それをどこに持っていけばいいのか、分からなかった。
「ハヤト?」
ぼんやりとそんなことを考えていたハヤトにクラレットが声をかける。
「あ、ごめんごめん。さて…っと、ここももう終わるからそろそろリビングに戻ろうか?」
パンパンと手を打つと、ハヤトは掃除道具を閉まって、クラレットともに部屋を去った。
―――数十分後。
小雪が降る道を歩くハヤトの両手には大きな買い物袋が釣り下がっていた。 そして、その中身は料理の材料でいっぱいにあふれ返っていた。
遡ること数十分前、大掃除も終わり、ハヤトたちはひと休みをしていた。
もともと大掃除後はパーティーをすることにはなっていた。が、その食材を買ってきていないということは、初めてそこで聞かされた。
もちろん、ハヤトに料理を作るであろうリプレを責めるつもりは毛頭なかった。が、どういうことか、話が流れるに流れていつの間にか、彼とクラレットが買出しにいくことになってしまっていた。
ハヤトにはその原因が分かっていた。フィズだ。
何故か最近やたらめったらと、自分とクラレットの関係に口出しするようになり、色々と仕掛けてくるようになった。
たとえば、自分とクラレットを故意的に二人きりにしたりとか。
たとえば、自分とクラレットを故意的に二人きりにしたりとか。
たとえば、自分とクラレットを故意的に二人きりにしたりとか。
たとえば、自分とクラレットを故意的に二人きりにしたりとか。
たと……
そこではたと気がつく。
気付けばここのところ最近、クラレットと一緒にいることが多くなったと。
それはフィズのお陰だったのかと納得するとともに、よくお節介を焼いてくれるなぁとハヤトは苦笑してしまう。
同時に、それだけ機会があって、一歩を踏み出せない自分がいることに気付き、愕然としてしまう。
そんなハヤトを見かねたのか、クラレットが横から彼の顔をのぞきこんだ。
「―――い、いや、なんでもないよ」
せっかくフィズのくれた機会を無駄にすることはない。
「どこか休んでいこうか? まだ時間はあるだろうし」
「ええ、そうですね。ちょっと寒いですけど商店街、人でごった返してましたしね。…少し疲れちゃいました。
どこかで温かい食べ物を買って休みましょう」
そうしてふたりは市民広場へと出て、ベンチに腰をかけた。クラレットは途中で買ったソーセージを、はふはふとおいしそうに頬張っていた。
しかし、そこでハヤトは誤算したことに気付く。
どこかしこを見ても、男女の組――カップルばかり。下手すれば自分たちもそう見られているんだろうか。
そう思うと、急にハヤトは頬が火照るのが自覚できた。
(ま、マズい――! こんな顔、クラレットに見られたら…!)
「どうしたんですか、ハヤト…顔が真っ赤ですけど?」
「うぇ!?」
運悪くそれをクラレットに指摘されてしまい、ハヤトは思わず間抜けな声を出してしまう。
「な、なんで、もないよ!」
「そう、ですか?」
可愛らしく子猫のように首をかしげるクラレットを見て、ますます彼の顔は真っ赤になってしまう。
何故か、
今日は、
クラレットの一挙一動が、
クラレットの全てが、
とても可愛く、魅力的に見えた
「く、くくくくくられっと!」
「は、はい……なんでしょう、ハヤト」
身を乗り出してクラレットに近づくハヤトに、思わず彼女は身を引いてビックリしながら彼に尋ねた。
「あ、あああのあのさ!」
「は、はい……」
そこでハヤトの言葉は止まる。今、彼の心のうちは羞恥と後悔で一杯だった。
クラレットにヘンに思われているに違いない、どうしよう―――と、ハヤトがパニックを起こしていると、ソレは唐突に、そうあまりにも唐突に。
ひんやりとした空気の中、乾いた冷たい唇を癒すかのように
溶けるような温(あつ)い唇が覆い被さった。
それは、本当に刹那の時間。
それが接吻だと認識できないほどの短い時間。
けれど、ハヤトにとっては、とても長い時間のように感じられた。
「――――!」
お互いが離れ、ハヤトは顔をトマトのように真っ赤にさせて、ぱくぱくと何か言いたげに口を開くがあまりに唐突なことに言葉にすることができなかった。
「ふふっ…さすがにキスは緊張しました」
などとマイペースに話すクラレットに、なかばハヤトは呆然とする。
「ど、どうして?」
ようやく彼が言葉にできたのは、その四文字だけだった。すると、クラレットは先ほどと同じように首を傾げる。
「どうして…って、言われましても――分かりませんか?」
コクコクと思い切り頭を上下させるハヤトに、彼女は軽くため息をつくと話した。
「とことん貴方という人は鈍感というか、天然というか……。
いいですか? いくら自分に責任があるとは言え“無茶”をしてまで貴方を元の世界に戻す方法を探しはしませんよ。そんなの私らしくありませんし」
じゃあ何故とハヤトは目線を送ると、恥ずかしそうに視線をそらして、少し強めに言葉にした。
「貴方が好きだからに決まっているでしょう?
でなければ危険を冒してまでそんな“無茶”はしませんし、こんな…キスなんてしません!」
「え、そ、その…そうだったの、か」
初めてクラレットの気持ちを聞いたハヤトは嬉しさと恥ずかしさ、そして困惑で一杯だった。
自分はともかく、クラレットがそう思ってくれているとは思ってもいなかった。
「それで、あまりにもハヤトが私のことスキなのか、どうなのか煮えきれない態度を取るものですから、こんな強硬手段に出たわけです」
それって下手したらやばいんじゃないか、と心のどこかでツッコミを入れておくハヤト。
そして、そんな彼に構わず、クラレットは少しだけ頬を赤らめて言葉を連ねていった。
「…確かにもちろん、出逢った頃の私たちは性格からか意見が食い違ってばかりしてましたよね?
そのときはいい印象を抱いていたわけではありませんよ。
でも、そうやって貴方と衝突していくうちに、私は私にないモノを貴方の中に見つけ、次第に私は貴方に惹かれていきました。
それに―――オルドレイクの娘とは関係なく、私を私だと貴方は受け入れてくれました。
これで貴方を好きになれないはずがないじゃないですか」
どこかおかしそうに笑うクラレットに、ハヤトははぁーと深いため息をつくと空から舞い落ちる雪を眺めた。
「な―――んだ。結局は俺の心配は無駄に終わったって事か」
「ふふっ、ヘンなハヤト。さあ、お互いの気持ちがすっきりしたところで帰りましょう」
クラレットはベンチから立ち上がり一歩前に踏み出す。そしてハヤトも新しい一歩を踏み出し、そして。
「俺もキミのことが好きだ」
白い夜のなか、彼は彼女の背中に向けて優しく、あれだけ口にすることを悩んでいた言葉を紡いだ。
あとは、そんな彼とクラレットを祝うかのように、小雪が軽やかに舞い踊っていただけだった。
あとがき
クリスマス用に書いたハヤクラSSですが…クリスマスの雰囲気なんか出てるわけもなく。
うちのSSにしては珍しくハヤト主観のSSです。結局は、いつもどおり彼は鈍感だったわけですが。
……多分甘さでは、同時にアップしたキルナツのSSと同じぐらいかと。
最近思うのが、自分のSSは他人様のSSに比べて比喩力というか表現力というかそういうものに欠乏していること。
そのため、ここで名前を出すとあれですが某yellow氏(某つけた意味ないし)のように雰囲気が出せず、なんつーか単発的にストレートに展開していってしまうというか。
改善しようしようとは思いつつも、なかなか直らないんですよねぇ、自分。
今後はそこをどうにかして書いていこうかと思ってます。はい。
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