01 流れ星 〜You are my dream〜



「…今日は星が綺麗だな」
 夜、 近くの自動販売機までジュースを買いに出ていた柔沢ジュウは何気なく呟いた。
彼が見上げた空には数多に輝く星々が浮かんでいた。いつも見慣れた夜空とはいえ、ここまで晴れた夜空を見たは久しぶりのような気がする。
「それとも…見る余裕がなかったか、か…」
 自嘲するような笑みを口元に現しながら、視線はそのまま星を見上げている。
 ここ最近ジュウは様々な怪事件に首を突っ込んで、時にはその命すら落としそうになったこともある。だからだろうか、こうして空を見上げるのが久しぶりなのは。
 小銭を入れて自動販売機のボタンを押す。ガコンと音を立てて落ちてきた缶ジュースを取り出し、プルタブを開いた。周りはやけに静かで――もっとも夜ということを考えれば当然だが――、そのなかで夜空が綺麗だなどと関心を寄せる自分がなぜか可笑しかった。
 以前ならば、空を見上げるだなんてロマンチストなことはすることもなかったし、見上げて、だからどうした、という夢も風情もないそんな考えだった。
 しかし、ここ最近自分のどこかが変わっていくのをジュウは感じていた。それが何なのかはわからない。それがいい方向に向いてるのか、それとも悪い方向へ向いているのか、それすらも分からない。
 ただ、それを考える暇など最近はなかったし、大して気にするようなことでもない、と考えていた。だが、こうして考えてみると、何かが変わっていく自分に言い表しようのない違和感とその違和感に慣れつつある自分が何故だか情けなかった。
 別にそれが嫌だというわけではない。なんだかこうしっくりこないのだ。

 今までは友人も居らず、ただ一人で生きてきた。柔沢紅香と言う人生最大の敵にして唯一の母親以外には殆ど接触という接触はしてこなかった。特に中学にあがってからは。
 別に寂しいとは思わないし、それが嫌だということもない。それが柔沢ジュウにとっての日常であり常識であったからだ。
 だが数ヶ月前、堕花 雨という少女と接触した時からどうもその常識が覆されていっているような気がする。彼女も特殊な生き方をしてきたジュウから見てさえ、かなり変わった人物であった。
 自分のことを「ジュウ様」と呼んで憚らない彼女は特殊という言葉でしか表すことができないように思える。
「…そういや、アイツも結構謎だよな」
 あたかも彼女はジュウのことを全て知っているかのような素振りを見せる。実際ジュウの考えてることや、それから導き出される行動など今まで見透かされてきたかのような発言を幾度となくしてきた。  だからといって別に不快感はない。自分の単純な思考など雨でなくても読み取られるかもしれないし、雨の発言があったからこそ、これまでに何度か救われてきた部面もある。
ただ、急を要しているからといって他人の部屋や公共施設などの窓を蹴破ったり、ピッキングしたりする彼女の奇天烈な行動は勘弁して欲しいと常々思っているのだが。

「あら…、もしかしてそこにいらっしゃるのは、ジュウ様ですか?」
「あ? ―――なんだ、お前か」
 噂をすればなんとやら、丁度その本人がジュウに声をかけてきた。鬱陶しい前髪から僅かに見える表情が嬉しそうに見えるのは都合のいい解釈だろうか。少なくともいつもは無表情である彼女の口元が和らいでいるのは確認できる。
「どうしたんだ。お前の家はこの辺りじゃねえだろ」
「いえ、雪姫に頼まれた漫画を買いに行ってきた帰りなんです。
 先ほど電話を貰ったので…この時間となると空いている書店も少ないですから此方まで来たんです。

 ―――それにしても、今日、私はついてます。いつぞやみたいにこうして出会えるとは…これも前世の絆ですね」
 嬉しそうに話す雨に、ジュウは眉を寄せた。いつも思うことだが、こんなにも自分を持ち上げられると異様に恥ずかしい。だが、それを露わにするのもかっこ悪いと思ってか、ジュウは険しい顔のまま言葉を紡ぐ。
「お前、こんな夜中に出歩いて大丈夫なのか?」
「母にはちゃんと言付けてありますので、門限のことならば心配はご無用です」
 ―――そう言うことじゃねえだろ。
 ジュウは内心雨にツッコミを入れて、ああそうか、と考え直した。どうしたことか、この堕花 雨という少女は強い。ただその一言に尽きる。ジュウも喧嘩慣れしており、そこらの不良に負けることはないと自負している。
 だが、その自分の強さと彼女の強さは全然異質のものだった。雨のその強さは次の次の次の手まで考えて、敵を追い詰めていくタイプだ。そこには彼女の頭の良さもあるのだろうが、どんな状況においても冷静な判断を下すことができる、それが彼女の強みでもあるだろう。
 以前、凶器で襲われたことのあるジュウだが、そのときは不意打ちもあってか、なされるがままに暴行を受けていた。だが、そんなジュウを助けるために雨は凶器を持つ相手に対して怯むこともなく、護身用のスタンガンひとつで相手をのしてしまった。

 最近では、そんな彼女に対して信頼に近いものを感じているが、この少女には常識的なものが欠けているように思える。こうしてジュウが心配をかけているのに対して、自分が女であるという自覚があまりないためか、こうした見当違いな答えを言葉にしてしまう。
 まあ、そんなところが彼女らしいといえばらしいのだが。それに彼女は強い。自分が考えているようなことも起きないだろう。そう言葉にしなくてもそう自己解決したジュウは納得するように頷いた。
 そして、今度は雨がジュウに対して訊ねた。
「そう言えば、ジュウ様は何をなされていたのですか?差し支えなければお聞きしたいのですが…」
 特に大したことは何もしていない。ふと空を見上げてジュースでも飲もうとしたところに雨が来ただけだ。だが、そうとは言わずに、黙って夜空を見上げた。
「空を…、眺めていたのですか?」
「まぁ、眺めてたっつーより、ふと目に入っただけだ。
 こんなに星が綺麗に見えるのは久しぶりだろ―――…ん? どうした」
 雨は意外そうにぽかんとジュウのことを眺めていた。しまった、あまりガラでもないことを言ってしまった、とあとになってから気付いてしまった。
だが、雨は口元を和らげてからかうこともせずに、ただそうですかと頷きを返した。そして彼女も夜空を見上げる。
「たしかにそうですね。私は星を眺めるということはあまりいたしませんが、こうしてたまに眺めるのもいいかもしれませんね」
たしかにこの女は星を眺めるなどロマンティックなことはしそうにない。まぁ、それは俺も同じか。ジュウは心の中で苦笑して、再度夜空を見上げる。

―――そのとき、星が煌いて夜空を駆けた。
「お、流れ星か……」
 こんな晴れた夜空に流れ星、珍しいものを見れたな。ジュウはふと子どものころの自分を思い出していた。
まだ純粋に綺麗なものを綺麗なものだと信じていたガキの頃。周囲に馴染めず、はぐれ者としていじめられたあの頃も一度だけ流れ星を見つけたことがある。その時に願ったのは、自分が強くなれますように、だ。
今から思うと馬鹿馬鹿しいと思う。そんなことで叶っていれば、今の自分はない。今の自分とは違い、たくさんの友人に囲まれてそれなりの楽しい青春でも送れていたことだろう。
 だからといって、今の自分に不満はなかった。満足もしていなかったが。

 だというのに、雨と出逢ってからどうも調子が狂いっぱなしである。
 自分は他人事には興味なしだと思っていたはずなのに、彼女と共に行動していると、いつの間にか関わらなくていい事件に巻き込まれたり、首を突っ込んだりしてしまう。そこで味わうのは己の無力さと情けなさだけだというのに。
 だが、雨はそんな自分の不甲斐なさを認めたうえで、すべて受け入れてくれているような気がする。ジュウがどれだけ無茶な行動を起こそうとしても、止めることはなく、むしろジュウの全てを肯定するかのように彼のフォローをする。

 そんな彼女に何度も窮地を救われたジュウだが、正直戸惑っていた。今までジュウを肯定してきたものはいない。否定され続けてきて、突然に自分の全てを受け入れてくれる人間がぱっと出てきたのだ。どう彼女と接すればいいのか分からない。

「ジュウ様?」
「あ、……いや、なんでもねぇ。
 ところで、お前、何を願いかけたんだ?」
「願い事、ですか?」
 はて、と首を傾げて悩む雨に、ジュウは言葉を続ける。
「見てなかったのか? さっき流れ星が流れただろ」
「あ、そうなんですか?」
「そうなんですか、ってお前……」
 ジュウのイメージする普通の女の子であれば、こういう大したことないことでもはしゃぐものだと考えていたが、目の前にいるちょっと変わった女の子はそうでもなさそうだ。

 特別関心なさそうに、雨はその鬱陶しい前髪の隙間からジュウの顔を見上げて小さく微笑した。
「意外ですか? 私が流れ星に興味がないことが」
「いや…お前らしいといえばお前らしいけどな」
 曖昧に誤魔化しながら、ジュウは視線を逸らす。どうも彼女はこちらの気持ちを見透かしているようで気恥ずかしさを感じてしまう。それを意図してか否か、雨は淡々と言葉を紡いだ。
「占いやこうしたまじないじみたものに願いをかけるのはいいですが、それで叶うとは思っていません。それは、願いをかける人たちも知っているはずです。
 それでもなお、彼らが星に願いを託し続けるには理由があります」
「理由?」
 ジュウは訝しげに雨の顔を見た。表情は前髪に隠れて見えないが、自信を持っているのはなんとなくだが、悟ることが出来た。
「ええ。それはその人が望むものが手の届かないところにあるからです。
 だから、星に願いを託しても叶うはずなんてない、と思っていても、人の心はどこからかでもいいから、希望を見出したいという欲求があり、その欲求が彼らの背中を後押ししているのです」
「…そうか、成程な」
 毎度、不思議なことだが、一見屁理屈と思うものでも彼女が口にしてしまえば、筋が通っているように思えてしまう。
 たしかに、本気で星に願いを託して叶うと思っているのは子どもぐらいなものだ。彼らは純真だから「星に願いをかけたら叶う」という大人の嘘を信じているだけで、その大人たちはというと、そのような夢物語を信じているはずがない。

「――だとしてだ、お前の願いは何なんだよ? お前にも願いのひとつぐらいあるだろ」
 どれだけ雨が一般人の常識から外れた女の子だとしても、彼女とて願い事ぐらいあるはずだ。ない、と言えるのは聖人ぐらいなものだろう。人間であれば必ず願いという欲求はあるはずだ。
「私の願い、ですか? 決まっております――。
 それは、ジュウ様、貴方様に一生仕えて、貴方の剣となることです」
 あまりに馬鹿げた願いを、彼女は真摯な表情でそう言い切った。
 まるで、それが真実だと言わんばかりのはっきりした声で。
「……そうかよ。お前のそのセリフ、何度目か分からねぇけどよ。
 俺にも、そのセリフの意味、理解するときがくるのか?」
 ない、とは言い切れない。最近雨と接していて変わっている自分だからこそ、分かった。
 きっと、いつか、このまま彼女といれば理解するときが来るのだろう。
「それは私にも、分かりません。ですが――私の心はジュウ様と共にあります」
 ジュウの質問に、雨は珍しく笑顔で答えた。

 反則だ。
 こういうときに笑顔を見せられては相手が雨だとはいえ、意識してしまう。
 だから、代わりに彼はぶっきら棒にこう答えた。

「ああ、そうかよ。 あまり期待せずにお前の言葉の意味、分かるときが来ることを待っててやるよ」

 あまりにも傲慢な言い方だが、雨はそれを嬉しそうに笑ってこくんと小さく頷いて見せた。





あとがき
 スーパーダッシュ文庫『電波的な彼女』の柔沢ジュウと堕花雨のお話。
 作品自体がマイナーなのか(一部では有名ですけど)、ここに来られる方で
 知ってらっしゃる人はあまりいないかも…。

 自分にしてはほのぼの…ぢゃないよね、これは…。
 ううん、まあキャラの性格もあるんでしょうけれど…この二人の関係も巻数を重ねるごとに
 微妙な関係になりつつありますし…。
 そして、「流れ星」という素敵なお題なのに、作中の二人は浪漫の欠片もない(笑
 ロマンティックでもなんでもないね…これ。
Back
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送