第一話 ぼーい・みーつ・がーる
それは魔法と剣と、科学が発達した世界での物語。
その世界にはふたつの人種がいた。
一つは『騎士』。もう一つは『魔術師』。
『騎士』は己の武器を介して魔力を発動させ身体能力を上昇させたり、武器に炎や水を宿らせたりすることができる。
一方『魔術師』は、特別な呪文を詠唱することによって己の魔力を現実世界に具現化させることができる。
人々は前者の行為を『発動』、後者の行為を『魔術』と呼んだ。
そんな力があったためか、世界は犯罪が蔓延していた。
いつの時代も強きモノだけが、弱きモノから搾取されるそんな世界。
物語は一人の少年から始まる。
戦うことを恐れるな
勝て、自分を邪魔するモノに
そして戦え、大切なモノを守るために
「………Zzz」
ひとりの少年がベッドのうえで、寝相がわるい典型みたく掛け布団を跳ねのけて、腹を出して寝ている。
と、その時、そのドアを叩く音が室内に響き渡る。だが、少年は目を覚ます気配が無く、まるでそのノックの音を無視するかのように眠り続けている。
「……ちっ、まだ寝てやがるのか、灯(とう)は」
青年の声。
青年は、もう一度ドアを叩いてみるが、先ほどと一緒で反応は全くない。
彼は仕方がねぇな、と呟くと、ドアを蹴破り、室内へと侵入した。
さすがにその音には気がついたのか、少年は目をさすりながら目を覚ます。
室内を見渡す。ドアが何故かなくなっている。そしてそこに立つは彼がよく知る人物。
状況を把握するのに十数秒の間。
「…ん………
な、何してんだよ、このバカ兄貴!」
バカ兄貴は、ムカッとして、すぐさま少年を殴りつける。
「バカ兄貴とは何だ! バカ兄貴とわ!
それに地の文も何気に俺のことバカ兄貴って表記するんじゃねぇ!」
碧色の髪を持った鋭い目つきが印象的な青年はずびしっとドコカを指さしてそう叫ぶ。
「だからってドアを破壊したり、俺を殴りつけることはねーだろ!
しかもグーでよ!?」
藍色のボサボサ頭の少年は殴りつけられた頭を押さえながら抗議する。
この少年、紫藤灯(しどう とう)という。
現在義理の兄と二人暮しで、その兄とともに『便利屋』という名の『何でも屋』を商って生計を立てている。
性格は無駄に熱血、無駄に一生懸命、無鉄砲という典型的な元気少年。
現在16歳。生まれてこの方『彼女』とか『ガールフレンド』というものを作ったことが無い。趣味はスケボー。
「それよりバカ兄貴、今日は睦月さんとデートじゃなかったのかよ?」
「そりゃあ、俺だって睦月とデートに行きたいさ。
だから、こうやって最愛なる弟君に手伝ってもらいに来たわけさ」
その青年はひきつった笑みを浮かべながらそう答えた。
青年の名は紫藤冥(しどう めい)。
『便利屋』を商う青年であり、灯の義理の兄。
二十歳で現在、久我原睦月(くがはら むつき)という彼女がいる。
性格はフェミニストであり、子どもから老人までその守備範囲は広い。
今は睦月に夢中であるが。
またとある筋では『血塗れの霧』と異名がつくほど、剣の腕は天下一品。
「はっ? どういうことだよ?」
灯は、冥の言った意味が分からなく、ぽかんとして再び訊ねた。
「実は急に依頼が入ってきてよ。簡単なヤツだったらちょちょいと済ませてくるんだが…結構難しいんだよ、ホレ」
そういうと、冥はひとつの封筒を灯に放り投げて渡した。
「なんだよ、この封筒?」
「いいから開けてみろって」
冥は説明するのが面倒臭いのか、封筒を開けるようにじれたい様子で促す。
「あっ、手紙が入ってる…え〜と、なになに…?」
灯はしぶしぶといった感じで封を切り、中身に入っていた手紙を取り出し読み始めた。
中身にはこんなことが書かれていた。
『親愛なる紫藤兄弟へ
かの有名な便利屋と見込んで折り入って依頼したいことがある。
12月11日、サイジョウドル港をでる輸送船・バソプレッサに幽閉されている少女を助け出して欲しい。
青い髪を持った少女だからスグに発見することができるだろう。
彼女は名を持っていない。 ナンバー6と呼びかければ反応するだろう。
このままでは彼女は一生日の当たらないような場所へ連れ去られてしまう。どうかよろしく頼む。
なお、報酬金の前金として貴公らの口座に100万ジルド振り込んでおく。
あとの200万ジルドはその少女を救ってからだ』
読み終えた灯は大きな声で叫ぶ。
「あわせて…300万ジルド!?」
300万ジルド――我々の世界でいう1500万円に相当することになる。
そんな大金が報酬金と分かれば、誰だって大声を叫ばずにはいられないだろう。
灯は興奮して冥に手紙を見せ付ける。
「兄貴、この依頼の報酬金、めちゃくちゃ、すげえじゃねーか!?」
だが、冥は呆れたような表情で彼を眺めやる。
「あのな…よく考えてみろ! どうやって俺たちの口座が分かったんだよ!?
それに報酬金がこんなに大金だってことはそれだけ危ねぇってことだろうが!
きわめつけに、差出人の住所も名前も書かれてない。怪しいとしかいいようがないだろ!」
冥の言うことはもっともである。だが、灯は白々とした目線で冥を睨みつける。
「じゃあ、なんで俺に手伝ってくれって頼んだんだよ?
どーせ、金に目がくらんだんだろ」
「う゛…」
冥は引きつった笑みを浮かべながら、かすれた笑い声をあげる。
「はははっ、仕方が無いだろ。 これも生活のためだ」
「ちっ、分かったよ。 その代わり、睦月さんを泣かせるような真似はするなよ。
折角俺が行ってやるんだからな」
「ははっ、悪いな」
灯はぶっきらぼうに言うと、もう一度手紙を見直した。
(ナンバー6…か。 もしかして何かの実験体なのか?
少女というからには……可愛い娘だといいんだけどな)
そんなとりとめも無く考えていると、冥が彼に声をかける。
「何をぼーっとしてるんだ。 デバイスはちゃんと用意しておけよ。
それがなきゃ、お前も俺もただのガキだからな」
「そんな基本中の基本のことなんて分かってるよ。
双魔剣<聖(ひじり)>は俺の相棒だし」
そう言いながら、腰に下げている二本の純白の剣をぽんぽんと軽く叩いた。
デバイス。騎士たちが自分の能力を『発動』させるために最低限必要とするもの。それは大体自らの武器であるが、自分に合えば何でもいい。
剣でも槍でも、はたまたフライパンでも。これがなければ、能力は『発動』させることはできない。
そう言った点では騎士は魔術師よりも劣る。
だがもちろん、長所もある。
戦闘中では魔術師は呪文を詠唱しなければならないのに対して、騎士はすぐさま能力を『発動』させることができる。
「じゃあ…頼むぞ、灯」
「任せておけって!」
灯は冥と手を打ち合わせると早速家の外へと飛び出した。
「………そろそろだな」
灯は無事船内へと侵入することができた。
倉庫に潜り込み手元の時計を眺める。
「…5、4、3、2、1」
灯がカウントダウンし終わると同時に炸裂音と共に大きく揺れるほどの衝撃が船体に襲い掛かる。
『警報! 警報! 第4ブロックに侵入者在リ! 全警備兵ハ捜索ニ当タレ!』
放送がそう伝えると、慌しい足音が灯の潜んでいる倉庫の前を通って次第に小さくなっていく。
「…やりっ! 成功したな」
灯は小さくガッツポーズをすると、素早くその場を飛び出て駆け出していった。
一方その頃、とある部屋。
青い髪をもったセミロングの少女が檻に入れられて、足には足かせが付けられており、手も縛られていた。
「…どうしたんだろ? さっきの揺れ。 それに…警備の人たちも見当たらないし」
少女ははて?と可愛らしく小さく首を傾げると辺りを見回す。何もないがらんとした無駄に大きい部屋。
いつもと変わらない世界だが、彼女にとっては何故か今日に限って違うモノに見えた。何かの暗示だろうか?
すると、慌しい足音と共に一人の少年が駆け込んできた。――灯だ。
「えっと…どこだ? あれ…か?」
灯は静かに少女を捕らえている檻へと近づいた。少女は見知らぬ人物に脅えた。
「…キミがナンバー6か?」
「え、ええ…そうです、けど。
魔術師実験体ナンバー6…私のことです」
脅えながらも少女は灯の質問に答えた。答えなかったらあの研究員たちみたいに、自分に体罰を与えるだろうと思って。
灯は頷くと、ズボンのポケットから長細い鋼を取り出すと檻の鍵を開錠し始めた。
「ちょ、ちょっと、何をしてるんですか! こんなことしたら殺されますよ!?」
「黙ってろ、集中できなくなる」
「は、はい!」
慌てて鍵を開けようとする彼を止めようとするが、冷静な声で言われてしまったので、彼女はどうしようもなかった。
「………よっしゃ、ビンゴ!」
カチャリと音がすると、キィッと音を立てて檻の戸は開けられた。
「あとは、この足かせを……っと、こっちもOKだな。
で、手枷もこれで……よしっ、これで大丈夫だ」
にかっと明るい笑みで少女に微笑む灯。少女は灯の行動が理解できなくただ呆然とするばかりである。
「あ、あの…私をどうするつもりですか?」
「勿論、決まってるだろ? キミを助けに来たんだよ」
「うそ……?」
呆然としながらも、ぽつりと溢した彼女の言葉。しかし灯は首を振って再び微笑む。
「ウソじゃねえよ。 とりあえず、キミがここを離れたくなくっても無理やり連れていかさせてもらうからな」
「……でも」
少女は俯く。彼女とて何度も逃走しようと試みた。
しかし、結果は彼女がこの檻にいることで分かるだろう。彼女はもう既に逃げることを諦めていた。
「でもも、くそもねえよ。 俺がキミのことを守ってやる。
それでどうだ?」
それでどうだと聞かれても困るのだが、何故か彼女にとってはそれが力強い言葉に聞こえてしまった。
だからつい、
「はい」
と頷いてしまった。
「じゃあ、手を取れ。 ここも長居は無用だ。
はやく逃げねえと……!」
灯は少女の手を握り締め、檻から連れ出す…が、次の瞬間静かな声が彼らの耳に飛び込んできた。
「悪いですけど…それは辞めてくれませんか?」
とっさに灯は後ろを振り向く。彼がやってきた通路を阻むように一人の女性が立っていた。
一見おっとりしてそうな、二十四、五の女性。だが、右手には蒼き騎士剣が握られていた。
「さあ、観念してくれませんか?」
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