第2話 らんなうぇい

今来た道は女性に塞がれている。
灯は慎重に、少女を体でかばいながら逆方向へ目をやる。
反対側の道は薄暗く、まだ奥へと続いているようだが、通り抜けられないほど乱雑に置かれた機材や廃材を見る限り
「行き止まりか…」
視線を戻す。女性は騎士剣を構え、こちらを見据えていた。蒼い刀身はさっきよりも輝きを増している。
「さあ、観念してください」
まるで子供をあやすようにゆったりとした口調。その奥に秘められた冷たすぎる程の殺気。
灯は心臓に短剣を突き付けられるような恐怖を覚えた。調子を全く変えずに、彼女は言葉を続けた。
「そこにいると危険ですよ、ナンバー6。こっちに来なさい」
灯の後ろで、少女はびくりと身を震わせる。
「私も、あなたを傷つけたくないんです。
 用があるのはその侵入者だけなのですから」
侵入者。傷つける。
「さあ、ナンバー6…」
「来ないでっ!!」

少女は叫んだ。
「もうこれ以上、私を実験台にしないで! ここから出して、本当の雪を見せて!!」
一歩踏み出そうとした女性の足が止まる。
「私の力じゃ雪を降らせられないから、
 だから…きゃっ!?」
「話の途中ごめん!逃げるよ!!」
灯は女性の動きが止まるチャンスを見逃さなかった。
少女を抱きかかえ、機材を蹴飛ばして走り出す。
「無駄ですよ。そっちは行き止まりですから」
女性は慌てる様子も無く、ゆっくりと追いかける。
しかし、騎士剣はまばゆいばかりに光りだしていた。
走ってゆく灯の背中に、狙いをつける。
「発動…ヴォーゲ・シュベルツ!」
騎士剣を逆袈裟に振り上げる、蒼い刀身から水の刃が迸った。

螺旋を描いて飛ぶ切っ先はガラクタを旨い肉のようにするすると切り裂き、灯の首筋を完全に捉えた。

「しゃがんで!」
「え…うわっ!?」
少女に言われるがまましゃがんだ灯は、何かが頭上スレスレをとんでもない速度で通り過ぎて、
立て掛けてあったモップの柄をちょうど自分の首の高さで切り裂くさまを見た。
からんと音を立てて転がる切れ端。
「…はー…」
「あ、あぶね…ん?」
その時、ある物が灯の視界に入って来た。
「…こいつは!よし、一か八かやってみっか…!」


「誤算でした…けほ、けほっ…」
水の刃が巻き起こした風と斬られたガラクタが大量のホコリを巻き上げ、女性はその真ん中で咳き込んでいた。
「少し掃除をしなくては…せいっ!」
持っている騎士剣で空を薙ぎ払い、シャワーのように水を撒き始めた。ホコリは水を吸って床に落ち、
だんだん通路の奥が見えるようになって来る。その奥から、何かが迫って来るのを彼女は見た。
「え」
「ヒャッホーっ!!」
「きゃーっ!」
歓声と悲鳴をあげ、頭の横を通り過ぎる大きな物体。
灯が少女を「お姫さまだっこ」しながら、大きな物を運ぶ時に使う取っ手付きの台車を

スケボー代わりに乗りこなしているのだった。
「おっと!」
がきゅっと音を立てて着地、少しバランスを崩したがなんとか立て直す灯。女性はすかさず後を追う。
「少し驚きましたが、逃がしませんよ」

「よしっ、外だ…あとはロープを使っ…て…」
扉を体当たりで破って甲板に出て来た灯。しかし、潜入するときに張ったロープの先は、港の岸へは
続いていなかった。ロープが繋がっていたはずの港の岸は、遥か向こうの夜景と同化している。
船の周囲は、わずかに立つ黒い波ばかり。
「やばい、この船…出航しちまってる!」
「そんな…」
「だから言ったでしょう?逃がしません、と」
髪の毛がホコリと水で少し乱れた女性が背後に立つ。向きを変えずに、灯は口を開く。
「いや。逃げるさ…逃げ切ってみせる。
 君の為にも!」
「え…」
「ここは沖合い4キロ。そんなスケボーもどきで
 どうやって脱出するんです?」
「それは…」
背を向けている灯の顔が引きつっているのは、女性からは見えなかった。

「こうやって、だあぁーーーっ!!!」
灯は甲板を思いきり蹴って加速、手すりを飛び越え台車ごと船尾から飛び降りた。
「きゃあぁぁ…」
少女の悲鳴を残して、2人は船の上から消えた。
「無謀ですね…でも、逃がしません」
女性は素早く船尾に駆け寄ると2人を探す。
「ナンバー6は泳げないはず…」
そして、見つけた。

「ま、間に合った…」
「あぁー、俺本当は泳げないん…あれ?」
少女が「作り出した」小舟の上にいる灯と少女。
「た、助かったのか…?なんでこんな所に舟が?」
「あ、この舟は私が作り出したの…」
「ああ、そうなんだ…って、ええっ!?」
灯は少女の言葉に耳を疑った。
「私は魔術師実験体。研究の成果として、何も無い所から色々なものを作りだせる力を
 身につけさせられました…」
「え…」
少女の言葉は、沈んでいた。
「私は3年前に生まれ…いいえ、作られた。
 この力の為だけに作られて、実験体として檻に入れられて、体を…」
言葉は続かなかった。嗚咽と涙が、代わりに出て来ていた。

「…」
灯は、返す言葉が見つからなかった。
なんて言ってあげれば良いのか。
何か彼女の力になれないのか。
(…彼女?なんか変な感じだな…)
「そうだ!名前!」
「…え?」
泣きじゃくっていた少女が顔をあげる。
「君の名前考えよう!それで、
 名前のなかった頃のコトなんか全部忘れちゃえ!」
灯の輝かんばかりの笑顔に、少女も少しだけ表情が和らぐ。
「なまえ…」
「うん、今決めちゃおうぜ! どんな名前がいいかな?」
身を乗り出す灯に、少女はぽつりと自分の見たいものの名前を呟く。
「…ゆき…」
「ゆき?ゆきって、降って来る雪?」
「はい…私、雪を見た事ないから…」
「そういえば、逃げ出す時もそんな事言ってたような…」
本当の雪が見たい。
生まれてからいままで、ずっと檻の中。雪を見た事が無いと言うのは本当だろう。
「…よし、ユキで決定!」
「あ…ありがとう、えっと」
「紫藤灯。灯でいいよ、ユキ」
「はい…灯」

夜の闇がだんだんと、遠ざかる2人を覆ってゆく。
それを見ていた女性は騎士剣を構えて狙いをつけ、
「…この距離では彼女も巻き添えになりますね」
やめた。


「いいでしょう。頃合を見て取り返せばいいだけです」

 

 

 

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