『…双白!』

「おおっと」

自分の口が閉じた瞬間、少年は既に動き始めていた。双子の剣を両手でしっかりと握り、

「…たぁっ!!」

白刃と化したその刀身を勢い良くフォボスへと突き出してくる。速い。そして、鋭い。だが。

「ほー、流石に名乗りを挙げずに来るぐらいは心得てるな。

……だが……肝心の攻撃の狙いが甘けりゃ、なあ」

ハイドライターを緩やかに動かし、双剣の切っ先にぶつけた。夜の波止場に澄んだ音がはじき出された。双剣の軌道が僅かに逸れる。

そのずれで生まれた空間にハイドライターを突き出した。赤く燃える炎の放つ光が少年を捕らえる。

軌道の誤差は次第に大きくなり、少年の体はすでに移動したフォボスの真横にある。やれやれ、と内心呟き、いまだに反応出来ていない少年の体に一撃を放つ。

「お」

白い刃が燃える刃を弾いた。僅かな反動を元に、片足を軸にして彼は体勢を立て直し、すぐさまフォボスへと向き直る。双剣を構え、動きを止めず、発句を紡ぐ。

『穿て!―Saint Arrow(聖別されたる矢)!!』

暗闇に包まれた空間を、光の矢が切り裂いた。

突進してくる光を見据え、フォボスはハイドライターを口にくわえると、緩やかな動きで矢を避わした。

「…え!?」

驚愕に目を見開く少年をよそに、発句を紡ぐ。

『溢れろ、満ちろ、燃えろ(ファイアー!、ファイアー!、ファイアー!!)――根性焼き』

 

何の匂いもしなかったが、瞬間確かに異質なものが大気に満ちた。

何の兆しもなかったが、フォボスの体を何かが包んだ。

 

ハイドライターがひときわ明るく燃えあがり、

―――風が溢れた。

 

凄まじい音と共に、少年が立っていた空間が爆発した。少しばかりやり過ぎた様な気もするが、この程度の範囲攻撃を凌げない様ならbUの護衛など到底任せられない。

「…灯っ!!」

フォボスの目の前で渦巻く煙に、自失していた少女が走りよった。それに反応して予想通りに煙の中心で何かが動き、次の瞬間には掻き消える。突っ込んでくる『二つ』の影を迎え撃とうとハイドライターを構え、フォボスは内心舌を巻いた。

 

「…てやぁっ!!」

即興で創り出した光の幻像と共に少年は高く跳ね、真上から攻撃をしかけてくる。

「見分けられねぇと思ってるなら、心外だ」

だが、すぐさま左に向き直り、突進してくる二剣にハイドライターをぶつける。

細い音色と共に剣と剣が交差し、フォボスと灯の顔が向き合う。

そしてそのまま、にやり、と笑い合った。

 

 

「ま、合格としといてやろう」

「そりゃどーも…あいててて」

跳ね飛ばされた際に打ちつけた肘をさすり、灯はゆっくり立ちあがる。

心配そうな顔のユキに何とか笑顔を作り、退屈そうに煙草をふかすフォボスに

向きなおる。

「…でさ…」

色々と訊ねたい事を頭の中で整理して、何とかまとまりをつけて

訊ねようとしたその時だった。

「…んで、ぼーず。お前はお嬢ちゃんについてどれぐらい知ってんだ」

ユキの表情が変わった。

目を見開き口を震わせ、フォボスにしがみついて首を横に振る。

言わないで。―悲痛な意思表示に、しかしフォボスは了解しない。

「無知さはこの先、命にかかわる事になるぜ。

お嬢ちゃんの生まれカーボネックの事アーデリアのイカレ教皇の事、

この中で何か一つだけでも知ってるか?坊っちゃん」

最初の一言でユキの願いを断ち切り、フォボスは問う。

だが、灯は首を振った。

「…何も。ユキの…ユキの事だけは、おおまかに」

「…本当に大雑にな。…お嬢ちゃん、…ちっとあそこの…オヤジやってるかね…あそこのコンテナ置き場の向こうに東方ソバの屋台があるから行って来な。俺としては唐辛子ソバがオススメだ。涙も止まるぞ」

フォボスはセアトロでかすかな光の漏れるコンテナの向こうを指し示した。ユキが俯きながらそっと頷き、ふらふらと歩き出した。

追おうとする灯を手で止めると、フォボスは話を再開させる。

「…で、だ。

お嬢ちゃんの生まれはもう既に知ってるとおり、魔術師製造実験なんつークソみてえな企みによって生まれた訳だ。まあそこからあの雪の妖精みてえなお嬢ちゃんが生まれた訳で俺としては驚くばかりだが」

フォボスにはあまり似合わない可愛らしい比喩に灯は口元を緩めるが、それでも真剣に聞く体勢を緩めない。その様子を見つめ、フォボスは続けた。

「バルアは前々から大量の自然エネルギーを攻撃に転用できる魔術師の特化に挑んでやがった。より早く、より強力な方法で侵攻を進めるためにな」

魔術師は詠唱という手間さえ覗けば、攻撃手段において騎士を遥かに凌ぐ潜在性を持っている。その強力さも、その範囲も、何もかもに。

逆に詠唱と言うたった一つのネックにより、魔術師は騎士にかられると言う公式を作り上げる事になってしまったが、

しかしその詠唱というネックさえカバーしてしまえば、魔術師は騎士を遥かに凌ぐ有用な兵器となるのだ。

バルアが望んだのは、『大量虐殺のために』魔術師をもっと強化する事だった。

「計画は、バルアの上層部のイカレ野郎とどこぞの魔術師が結託して発動させた、って話でな。

大陸に住まうエンドレスネイチャー…平たくいやグリフォンやらユニコーンやらの聖獣の因子を魔術師の因子と混ぜこんで、

とんでもない力を持つ魔術師を何人か作成しよう、そういうもんだったらしい。で、これはすぐに成功した。

エンドレスネイチャー狩りに手間取いはしたが、数人の失敗作を覗いて相当強力な魔術師が誕生してな。

バルアの上層部は実験する事を考えた」

「実験!?…それって、まさか」

フォボスは頷く。苦々しい顔で。

「御名答だ。戦争してる相手に向けてその魔術師を放った。

それが今巷で有名になってる、『カーボネック城の悲劇』…あのお嬢ちゃんの姉にあたる野郎が引き起こした事件だよ」

「…ユキの…」

 

カーボネック城の悲劇。

自分も知っているその言葉を呆然と反芻し、灯は記憶を辿る。

 

―バルア帝國の侵攻が進み、数多くの列強が滅ぼされていく中、ただ一つ生き残った国があった。

王国カーボネック。騎士の母なる国。

小国でありながら、その力は大国をも凌ぐといわれた、最高の名高い騎士の国。

鍛え抜かれた騎士達の反抗で、バルア帝國の騎士や魔術師は相当な苦戦を強いられた。

だが、小国は小国。やがて戦線はカーボネックの王都中心に及び、カーボネック城眼前にバルア軍が迫る事態となった。

王は最後まで抵抗を貫く事を決定。残った民はそれに従い篭城。

王は最愛の娘、カーボネックのエレインをテラスに送る。

魔法によって撃ち殺され、最後まで抵抗するとの意思を表すために。

 

だが。

 

王女が何事かを呟き、直後に全ての詠唱及びデバイスが無力化。

そして爆発。

 

「…カーボネック城もろとも、バルア帝國の兵士三万人が戦死…」

灯の呟きと同時に、フォボスはセアトロの煙を吐き出した。

「実験はある意味で失敗。ある意味で成功した。

三万人もの兵士と貴重な騎士を犠牲にするその代わりに、

とんでもない事実と魔術師実験が成功した事を教えてくれたんだからな」

―自分の想像をはるかに超えた事実に、灯は目を見開いた。

「……とんでもない事実?」

「…既に結構な数の大国も知ってるし、俺や有名所の便利屋が何人かここまで話した経緯を知ることになってる。

有名所になる程情報網は早い上に国で随一とかの実力者と知り合いだからな…んでだ。あのお嬢ちゃんとその裏切り者、そしてあとのもう一体が、世界最強の生き物の因子を持って生まれた事を、バルアの連中は知った。

アルティメットネイチャー、空翔けて天や地の其処深海まで潜るっつードラゴン様のよ」

灯は其処で立ちあがった。座って聞いているのが苦痛になった。何か動かずにはおれなかった。一気に話したフォボスに何をどう言えば良いのか分からない。どう言う事だろう。何がどうなって。

「落ちつけ。まだ続きは大有りだ。

さっきのカーボネックの話。あれで出てきたエレイン王女は、基本的に騎士の国の娘で、魔術師ではなかった。

当初最後まで抵抗の意志を貫いて自決したと言われたあの爆発は、魔術師によって引き起こされたんじゃないかという疑惑が出てきた。

じゃあ誰がやったのか?あの時の様子を遠距離から見てた魔術師はエレイン王女が出てきた直後に透視魔術が無力化したと言った。

かなり有名な話だ。あのエレインはカーボネックのエレインじゃなくて、魔術師が化けた偽者のエレインだったってな。

そいつは通称『白いエレイン(ホワイト・エレイン)』―――」

「裏切り者のNo.4。バルアを裏切り、アーデリアやカルヴァイダに情報を売った魔術師…」

「!」

玲瓏な女の声が響いた。灯には聞き覚えのあるその声は、そう、ユキをあの船から救い出した時に戦った女騎士のものだ。

「…ミーナ・フォルシング…七面倒臭ぇ相手だな」

「…あまり名前が知られるのも困り者ですね。名乗る前に言われてしまう…

ではこちらも。説明ご苦労さまでした、フォーブラス・ゼロイク。最もその長口上で得た知識も、その少年が活かす事は無さそうですが」

騎士剣『蒼穹』を構え、闇から抜け出てきた女性はゆっくりと言った。その腕の中には、先ほどまで屋台にいた筈の、ユキ。

「ユキ!」

「…人質などと言う方法はバルアの騎士としてあまり使いたくないのですが…あまり時間がありません。

No.6を連れ返す事も任務ですが、それより先にあなた方の記憶を操作して機密事項を封印せねばなりません。

さあ、言わずとも分かりますよね?大人しくこちらへ…」

静かに告げるミーナ。灯は剣を構えながらも、隙の無いミーナに向かって攻撃することができない。―隙の無い者に無理矢理攻撃すればユキも傷つく。

「…くそ、何処が騎士だよっ…」

「そーゆーもんだ。騎士道を実直に守るなんざ、最近はカーボネックとベルスハイムの連中しかやってねぇぜ」

煙草を口に加えたままのリラックスした体勢で、フォボスはざっざと歩いていく。

「ま、なんとかなるさ」

「…なんとかはなるでしょうが上手くは行かない事は確実ですね」

ミーナがぼそりと呟く。その腕の中で、ユキは必死に震えと戦っていた。

(私がいなければ、私がきちんと警戒していれば、嫌だ…また足手まといだ、灯の…)

首先から刃が退いて、歯の震えさえ止まれば。そんな事が起こるはずが無い。ミーナには隙が無い。それこそ、全くと言って良い程。

(…折角…力があるのに…

折角力があるのに!…力が)

ユキは目をつぶった。灯が徐々にこちらに近づいてくるのが分かる。怖かった。記憶を操作される以外に何かされるかもしれない。いや、たとえそれだけでも、記憶操作で灯は自分の事を…

(嫌!)

嫌だ。灯に忘れられて、このまま暗いところに行くのはイヤだ。

数多の兄弟達、不幸にもほんの少しだけ力の及ばなかったものたちと同じ所へ行くのは嫌だ。

歯の震えが止まる。嫌。そんなのは嫌。役立たずなのもまたNo.6と呼ばれて暗い所で一人になるのも、皆嫌。

(力…)

「…レイ…」

「!」

ミーナが慌てて剣から少し手をずらした。口を塞ぐ気なのだ。早く言わなければ。

「レイ、アレスター(振り注ぐ光の天誅)」

呟きと同時に、空気中の水分がユキの頭上で一気に凍結。ごく狭い範囲へと輪を広げて落下する。

「ぐっ…」

剣で弾こうとしたミーナの腕から、ユキが逃げ出す。灯の腕を掴み、フォボスの後ろへと回りこむ。

「ミーナさん、私、行けない。

…このまま灯と、フォボスさんと一緒に進む…進むの」

「…ユキ」

ユキの信じられないほど強い言葉に、灯は目を見開いた。

「何時の間にかヒーローとヒロインが逆転してるぞ、坊ちゃん。

そんな奴には後で根性焼きだな」

フォボスが笑いながらハイドライターを構える。ユキも笑って、灯の肩を叩いた。

「灯、私も灯を守ってあげられる様に頑張るから」

「…いいでしょう」

ミーナが剣を再び構えた。

 

その頃、遠く離れたケープタウンのとある酒場にて。

 

「…エレイン、あんた飲み過ぎ」

「…えぐえぐえぐ、…今頃逃避中の本物のエレインちゃんを呼んでるのかあたしを呼んでるのか良く分からないのでその忠告は聞こえなかった事に」

栗色のセミロングに青い瞳のローブ姿の少女が言うと、久我原睦月はその背中にチョップを落とした。

「じゃあ、白いエレイン…飲むの止め。立ってさっさと宿に戻りなさい」

流石に小声で、だがしかし気の強そうな声で、『血塗れの霧』のガールフレンドは『白いエレイン』に言い渡した。

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