第八話「決死(けっとう)」
「…いいでしょう」
ミーナはそう言うと剣を再び構える。
「あんた、ユキを連れて行ってどうする気なんだ。」
双魔剣<聖>を抜き放ち、油断なくミーナに尋ねる灯。
「あんたたち、ユキを捕らえてどうする気なんだ。答えろ。」
灯の脳裏に数日前、始めてユキとであったときの事がよぎった。
何もないがらんとした無駄に大きい部屋は入り口や窓には檻が入り、ユキの足には足かせが付けられており、挙句の果てには手も縛られていた。
あんな目には二度としたくはなかった。
「答える必要はありません!」
しかし、ミーナは灯の問いにはミもフタもなくそう言うと、騎士剣<蒼穹>へと力を解き放つ。
「私には……後がないのよ!」
そう咆哮すると、ミーナの殺気が膨れ上がる。
来る!!
そう灯が思った次の瞬間、<蒼穹>が唸りを上げ、水の刃が奔った。
その一撃は、まっすぐ灯へめがけて突き進む。
「うわっ。」
とっさに横へ飛んで避ける。
「今のは…」
「くっ、ヴォーゲ・シュベルツでは当たらないというのか。」
危なかった、かわせたのも以前初めて出会った時に見ていたおかげである。
もっとも、今のはあの時に比べて倍以上に早かった。
「ならば、秘剣アブソリュート・ゼロ。」
<蒼穹>よりとき青い極光が解き放たれていく。
そのスピードは決して速くない。
迎撃するタイミングはいくらでもある。
「穿て!聖なる光セイントアロー!!」
それに対し、灯は光の矢で対抗しようとする。
しかし、光の矢が青い極光に触れた瞬間。
実体のないエネルギー体であるはずの光の矢が凍りつき、砕ける。
「なに!!」
慌てて避けようとするが、驚きのあまりからだが一瞬すくみ、避けるタイミングを逃してしまう。
全てを砕く極光の光が灯に突き刺さろうとしたその瞬間。
「発動、マイルドセブン。」
フォボスが投げた煙草が青い極光へと当たった瞬間、煙草が炎の塊になって弾け、ミーナの秘剣を相殺する。
「俺を忘れられてないか。」
「邪魔です。」
<蒼穹>を持っていない方の腕を一振りする。
次の瞬間、目に見えない衝撃波がフォボスを襲い吹き飛ばされる。
「炎よ。」
ユキが火の塊を生み出し、投げつけるが<蒼穹>の一振りでたやすく消滅させる。
そこに―
「おおおおおお。」
何とか体勢を整えた灯が突っ込んでいく。
フォボスとユキの迎撃に、両手が開いたその隙を逃さず。
ザン!!
まともにミーナの胴を薙ぐ!!
「やった?」
「いや、浅い。」
喜びの声をあげたユキとは対象にフォボスは危険を察し声をあげる。
慌てて、後ろの飛んで離れようとする灯に、苦悶ひとつ顔に上げずミーナは何か呟き<蒼穹>を地面に突き刺す。
そして、剣から手を離すと、手のひらに氷球を生みだし、それが灯に投げつけていく。
「貴方さえ、貴方さえいなければ。」
「くそ、一体どうしたんだ。」
灯は氷球をなんとか<聖>で斬りおとして凌ぎながら、ミーナの豹変ぶりに驚きを隠せなかった。
「離れろ、坊主。発動ハイライト」
無数の煙草が炎の短剣となってミーナに襲いかかるが、ミーナが何もすることなく凍りつき地面に落下していく。
「な、まさか。結界か!!」
結界―それは騎士、魔術師の技の中で奥義とまで言われるモノである。
それは、ある一定空間に一つだけ絶対な法則を生み出す技―いや『業』
一つだけ絶対な法則
それは、本来ありえる法則を捻じ曲げ、ありえない法則が生まれる。
時間も距離も生死すら超越して生まれる法則。
例えば、物が地面へと落ちていくのは、物と物とが互いに引っ張る力『引力』が存在するからである。
『結界』の一つだけ絶対な法則の力を使えば、『リンゴだけ落ちるな』と言う法則が打ち立てられれば、その結果無いでは決してリンゴは万有引力の法則に縛られることは無い。
例えば、かつて死んだ人間でも、『生きている』と言う法則が打ち立てていれば、死んだという事実そのものが捻じ曲げられそこに存在することが出来るのだ。
無論、そのような奇跡には代償がある。
一つは、結界の柱となるデバイスである。
結界も技の一つである以上、発動にも必要とする。
しかし、法則を捻じ曲げるなどと言う荒業に、耐えられるわけもなく。滅してしまう
そして二つ目に、打ちたて法則に見合う代償…一言で言うと命―「寿命」である。
大まかに10年の寿命を消費すると言われる。
よく見れば、ミーナの顔から傍目でもわかるほどのスピードで生気が失われていく。
「警告です。フォーブラス・ゼロイク、ナンバー6。この結界の中では私と灯の戦いを邪魔するものは全て凍り砕け散ります。」
「ちぃ、命を賭けてまで何故。」
フォボスの問いには答えず、灯のほうへと向き直る。
「あなたの相手は彼の次です。フォーブラス。」
そういうと、<蒼穹>とは別のただの剣を抜き放つ。
結界を維持している間は…イヤ、結界を発動した以上<蒼穹>は二度と使うことは出来ない。
「ご覚悟を。」
ダッシュで灯へと走りよる。
そのミーナの顔は鬼気迫るものがある。
その気迫に気負けして、灯は後ろに飛んで間合いをあけようとするがわずかに遅い。
上段から振り落とされるミーナの剣を何とか受け止める。
「くぅ。何故ここまでして。」
「貴方が私の全てを奪ったのです。」
「君の?」
「バルアの仕官には失敗は許されません。…ましてや重要任務とあれば…いえ、それはもういいでしょう。今は唯一つ…貴方を倒しナンバー6を奪取することだけです。」
「くそ。」
「灯、…フォボスさん灯が。」
「フ―」
慌てるユキとは対象に落ち着いた物腰で懐からタバコを取り出し、火を付けそれを口へと咥えると、近くにあった木箱に腰を下ろす。
「フォボスさん。」
「……嬢ちゃん。残念だが今の俺たちには何も出来ない。」
「そんな。」
「見ろよ。」
そういうと、咥えたばかりのタバコを炎の短剣に変異させ投げつけるが、先ほど同様凍りつき砕ける。
「…これは?」
「結界だ。…超一流の騎士や魔術師にしか使うことが出来ないまさに“業”、己が命を代償に発動する奇跡。」
「己の…命…それじゃあ、あの人は。」
「…変わっているな。自分を攫いにきた相手も心配するのか?」
「…。」
たしかに、ミーナは自分を閉じ込めて実験をしていたバルアの尖兵だ。
さらには自分を捕らえるために灯を傷つけている。
しかし、己の命すら顧みない今のミーナは寂しすぎた。
「見ろ、次の一撃で決着がつくぞ。」
「ハアァァァァァァ―。」
灯とミーナは全力で打ち合っている。
灯が前に斬り進めば、ミーナは後退し。ミーナが斬り進めば、灯が後退する。
互角の戦いであるが、わずかに灯のほうが腕が上なのか、少しずつ灯が押していく。
「ぐっ…!」
一瞬、ミーナの剣に光がともった
爆薬が叩きつけるような一撃、という言葉があるが今のそれがその通りなのだろう。
灯の振るう双魔剣<聖>を受けた瞬間、ミーナの剣は感電したかのように光を帯びる。
それがんであるか、ユキは理解して驚いた。
アレは視覚でできる程の魔力の猛りだ。
灯の打ち出す一撃一撃には、とんでもないほどの魔力が篭っている。
そのあまりにも強い魔力が、触れ合っただけでミーナの剣に浸透しているのだ。
「…あなた義兄と違い優しいのですね。」
灯の繰り出す豪雨じみた剣の舞を受けならが、ミーナが声をあげる。
「兄貴?兄貴を知っているのか?」
剣の手を止め、後ろへ飛び間合いを開ける。
「ええ、先日彼とも切り結びましたが、アレは完敗でした。」
「出来れば、女子供は切り殺したくないんだけど…。」
「ふふふ、本当に優しい。しかし、たとえ力が使えなくても…私はバルアの騎士。…たやすく倒せると思わないでください。」
ミーナは正眼構えに剣を構えなおす。
それに続き、灯も必殺技の構えをとる。
「…さあ、次の一撃で決着をつけましょう。」
「たああああああ。」
双子の剣を両手でしっかりと握り、その刀身を勢い良くミーナへと突き出していく。
それに対してミーナは剣を上段から叩きつけるように振り下ろしていく。
そして……
「……くはっ。」
「………あ。」
突き出した二本の双魔剣はミーナの胸に突き刺され、振り下ろされたミーナの剣は灯の眉間より数センチ手前で止まっていた。
「勝ったの?灯が…。」
「………。」
ユキは呆然と呟き、フォボスはそれに答えず黙って二人を見ていた。
「…ふ、ふふふ。それでいいのです。これで。」
「なんで、なんで途中で剣を止めたんだ。」
ドサッ
力尽き、仰向けに倒れるミーナ。
「何でわざと斬られたんだ。」
「もう、…私には…戦う…り…理由が…ないから。」
「戦う理由?」
「い…言ったでしょ。バルアの仕官には失敗は許されないと…失敗者は如何なるものでも罰する。それがバルアのやり方です。」
「え?」
「最初は、…始めて…貴方とであった日…あの日は部下に口止めして…やり過ごしましたけど…先日、『血塗れの霧』に破れたとき。本国の人にばれちゃいまして…そして、そして…」
「家族を人質にとられたのか?」
「…いえ、家族は最初の失敗の見せしめに…今度は…昔からの部下が。フォーブラス…これが、最後のチャンス…。」
ごほっ…と口から血を吐き出し、咳き込む。
「人質ってどういうことだよおっさん。」
「そうです、この人はバルアの騎士なんでしょ。なんで自分の国の騎士を…。」
「…実は…私…バルア…の生まれじゃ…ないんです。…8年前にバルアに滅ぼされた国の…生まれで…三級国民なんです。」
「!!」
三級国民…バルアの国民には三つの階級が存在する。
第1級国民―バルア本国の生まれで、王侯貴族に次ぐ権力を持ち、国民というよりも貴族めいた権力を持っている。
第二級国民―バルア帝國に占拠された国の出身で第1級国民に仕える国民と位置され、主に戦場へと駆り出せられている。
そして、第三級国民―もはやこれは奴隷である。主に占拠された国の王族貴族の血に連なるものをあらわし、バルア帝國内では人権すら与えられておらず、騎士、魔術師は戦場のもっとも危険で、過酷な激戦区に駆り出される。
そして、反乱防止に家族は人質に取られるのは当たり前であった。
家族を解放し、第二級国民になるのには、その激戦区を生き残り、戦功を立て続け無ければならない。
しかし、失敗は許されない。
「でも、わかっていました。私では貴方には敵わないと…だから。ナンバー6と捕らえたとき、人質にせずそのまま本国へ…護送していればよかったのに…。」
ミーナの目から涙があふれ始めた。
「ふふふ、でもわかってたんですよ。いくら私が戦い続けても…私達は開放されないって…。」
「もういい、もういいよ。おっさん。何とか助けられないのか。」
「やれやれ、おい嬢ちゃん耳を貸せ、それと坊主。急いで俺がいた酒場に行け。あそこなら治癒魔術が使える魔術師の一人か、二人がいるだろう。」
「わかった。」
そう言うと否や、灯は弾けたように走り出した。
ユキもフォボスからなにやら耳打ちされて頷く。
「いい、です。…もう…いいです。最後にナンバー6…気をつけて…私の後任にあの…あの化け物が…。」
「化け物?」
「そう、ナンバー1。通称『デュラハーン』が…」
同日同時刻
灯たちのいる大陸から遥か西方に存在する大陸にある大国にて…
バルアに次ぐ世界有数の大国であったこの国は、バルアと戦端を斬って数年、ほぼ互角の戦いを繰り広げていた。
しかし、数日前
その魔術師が送り込まれたその日から、戦況は変わった。
倒壊したまま、何の補修もされずに傾くビル街。そのかつては車で賑わったであろう大通りの交差点にて、燃え盛る炎が煙も上げずにそれを焼き払っていた。
人々が狂乱しながら逃げまとうその街を一人の魔術師が歩いていた。
全身を黒い騎士鎧で覆い隠し、顔も兜とマスクで隠れ、男か女かもわからない。
「ば、化け物。化け物が。」
声をあげ、一人の騎士が己のデバイスである剣を振りかぶり、『魔術師』に襲い掛かかり、剣は狙いたがえず、『魔術師』の身体を貫く。
「やった、…ぎゃあ。」
剣に貫かれながらも、『魔術師』は動きを止めず、己に襲い掛かってきた騎士の頭を掴むと、何事か呟く。
すると、次の瞬間、男は何の前触れも無く死んだ。
「お前は…オレの探している人間では…ない。」
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