キムランさんちの事情

 

ある日の穏やかな午後。
ハヤトはのんびりと、リプレの作ったクッキーを頬張りながら、彼女と談笑していた。
「…それにしても、こうやってリプレとふたりきりで話すのって久しぶりのような気がするな」
「えっ?」
 彼の口からこぼれた思いがけない言葉。
「ほら、いつもはリプレ、子どもたちの面倒を見てるし、俺はキールと一緒に元の世界に戻る方法を探してるしさ」
「そ、そういえば、そうね…うん…」
 突然、ぼっと顔を赤らめるリプレ。それもそうだ、気になる異性とふたりきりという状況はなかなか訪れるものではない。
 いつもは「家庭的なおかあさん」を担っているリプレだが、彼女とて年頃の女の子。こういう状況になってしまうと、相手を意識してしまうのは当然のことである。
 しかし、こういうイイ雰囲気の時に限って邪魔が入るのはどの世界でもお約束というものである。

 ドンドンと激しくノックされる玄関のドア。その音を聞いてしまった(できることなら無視してこのままハヤトと談笑していたかった)リプレは、仕方がなく椅子から腰をあげて、玄関へと向かった。
「せっかくイイ感じだったのに…はい、どちら様!?」
 不機嫌そうな声を出して、勢い良くドアを開けるリプレ。と、同時にごつんと鈍い音が聞こえてきた。
「……ってあら?」
 開けてみるとそこには、ドアで額をぶつけてのびたキムランの姿があった。

「…お前んちは、いつもこうして客をのしてやがるのか? あぁん?」
「だから、さっきから謝ってるだろ〜?」
 額にFエイドを貼り付けたキムランが不機嫌そうに手作りクッキーを頬張りながらハヤトを睨みつける。その彼はなんで俺が謝ってるんだと理不尽さを感じながら平謝りしつづけている。
「そんなことよりもどうしたの、いきなり?」
 当事者であるリプレはそれを「そんなこと」の一言で済ませてしまい、これにはハヤトもキムランも面食らった表情を浮かべるが、キムランを気を取り直したようにごほんと咳払いをすると話をはじめた。

……………


「「結婚するぅうう〜〜!?」」

 見事に声をユニゾンさせて叫ぶハヤトとリプレ。キムランはうるさそうに耳に指で栓をしながら、慌てて二人を止める。
「ば、バカ野郎! そんな大きな声で叫ぶなッ」
「その道のオジサマ顔負けの、強面のキムランが?!」
「物騒という言葉が服を着て歩いているようなキムランが!?」
「言ってくれるじゃねえか、このガキどもが…あぁん!?」
 指を指してわなわなと震えるふたりに、これにはキムランもキレかかるが再びごほんと咳払いをすると、深く息を吐いて話を元にもどした。
「で、だ…そのことについて相談しに来たんだがよォ…。
 少し前から俺の花壇に入り浸ってるヤツがいるんだ。
 そりゃ、最初は怒鳴りつけようとも思ったが、そいつは『貴方が育ててるのですか? 綺麗なお花ですね』って言ってくれるんだぜ?
 今までのヤツらは俺の趣味を知ったらどいつもこいつも笑ったが、そいつは初めて褒めてくれたんだよ」
 どこか嬉しそうに話すキムラン。
 彼の花壇は、その顔に似合わず綺麗な花たちが咲いている。その美しさを保っているのはやはりキムランの世話がいいからだろう。そのため、以前子どもたちが無遠慮にその花園に入っていってしまったこともある。
 しかし、それを素直に褒めたのは彼女が初めてだという。
「それから、アイツは度々俺んトコ来るようになってよぉ、その、なんつうか…」
 急に言いよどむキムランを見て、ハヤトとリプレは後を察した。
「つまり、恋仲になったと?」
 ハヤトの言葉を聞いて、一気にキムランの顔がゆでタコのように真っ赤になってしまう。
「あァそうだよ! 悪いか!」
「けど、不思議よね? 相思相愛で結婚しようかと思ってるんでしょ。
 なら、わざわざそのことで私たちに相談しに来たの?」
 横から口を挟んだリプレの言葉に思わずハヤトも頷く。
「そうそう。 だったら、結婚でも何でもすりゃあいいのに」
 すると、キムランは眉を寄せて非常に困ったような表情を浮かべてため息を吐いた。
「それがよぉ…カムランや姉貴はともかく、兄貴のヤツがどうもわだかまりがあるようでなぁ…」
 キムランの話に寄ると、その女性は平民だそうだ。そりゃあ、一番頭が頑固で、身分にはうるさいイムランが許すわけないよなぁとハヤトが言葉を零すと、一番の問題はそれじゃないとキムランが言った。

「アイツ、目が不自由なんだよ」
「え、でもさっき『綺麗なお花ですね』って言ってくれたって言ったじゃない?」
 リプレの指摘はもっともである。もし目が不自由なのだとしたら、その『綺麗さ』は見えるはずがない。
「何も見えたものだけを感じてるわけじゃねえだろ、俺たち人間はよぉ?
 アイツは目に見えない分、触って、匂いを嗅いで他の誰よりも俺の花たちを愛してくれてるんだ」
 真剣なキムランの言葉にリプレは思わず感心させられてしまう。
「な、なんだかいつものキムランじゃないみたい…」
「うるせぇっ!
 と、とにかくなんだ。兄貴はそういうトコを含めて俺たちの結婚は嫌がってるんだよ」
「そうなんだ……? ハヤト、どうしたの?」
 リプレは、何か考え込んでいる様子のハヤトに声をかける。
「あ、ああ……ちょっと俺の世界のことを思い出しちゃって。
 俺の世界…というか、俺の住んでた国はそういう身分の制度は無くなってるんだけど、そういう身体の不自由なヒトへの偏見……挙句の果てには出身地で、結婚を反対されてるヒトがいるんだ。
 今は少なくなったとはいえ、まだそういう人たちはいる。
 …俺は、その人間性を見ることなくその人を拒絶することは、絶対に間違ってると思うんだ。
 だから、俺はキムランの力になろうと思う」
 真剣に話すハヤトを見つめ、思わずドキッと胸を高鳴らせてしまうリプレ。普段は彼女の気持ちなんか気付かないほどの鈍感なのに、時々こうして鋭いことを言うことがある。
 ……もう少しこっちの気持ちにも気付いてほしいのだが。
「う、うん……そうよね。
 取り敢えずその彼女と引き逢わせてもらえない、キムラン?」
「あぁ、丁度今頃俺の花壇に来てるはずだぜ」
「それじゃ、行ってみようか」
 そう言って、キムランを促すリプレとハヤト。

 なんだかんだ言ってあのゴツいキムランを好きになる物好きを見たかったから―――なのかも知れない。


 キムランに育てられてきた咲き乱れる綺麗な花たちに、囲まれるようにたっている女性がそこに立っていた。おそらく彼女がキムランの言う人物なのだろう。純白のブラウスに真紅のフレアスカート。ほっそりした華奢な身体にそれに沿うように流れ落ちる輝く金髪。
 キムランと並んだらそれこそまさに“美女と野獣”と言った感じだろうか。
「あ…キムラン様、こんにちは」
「おう、今日も来てたか」
 彼女は振り向くと驚くことに、向こうから話をかけてきた。目が見えないのならば、こちらが声をかけるまで気付かないはずだ。そう考えていたハヤトたちに顔を向けて、その女性はにっこり微笑んだ。
「こんにちは。 こちらの方々は、キムラン様のお客様ですか?」
「いいや、ダチだ。お前のことを話したら紹介しろって言ってきてよぉ。
 ハヤトにリプレだ。 で…こっちが」
「リキュールと申します。 よろしくお願いしますね、ハヤト様、リプレ様」
 恭しく頭を垂れる彼女――リキュールに対して、思わずハヤトたちも丁寧な口調になってしまう。
「あ、そんな、丁寧な言葉を使わないで下さい! 俺たちだって…その平民ですから」
「あら…そうでしたか。ふふ、でもこれが私の地ですから気にしないでくださいね」
 たおやかに微笑む彼女にキムランは説明を付け加えた。
「驚いただろ? こいつ、目が見えない分、音や気配を感じ取ることができるんだぜぇ?
 俺も最初は驚いたもんよ」
「そんな…大したことじゃないです」
 テレながら微笑むリキュールに、ハヤトたちは尊敬の念を抱いた。彼女は大したことないと言っているが、やはりそうなるまでには大変な努力と労力が必要とされただろう。そしてそれを乗り越えてきた。
 そう思うと俄然彼らはキムランたちを応援しようとする気持ちが強くなった。
「……頑張ろうぜ。キムラン、リキュールさん!」
「ええ、そうよ! 目指せ、結婚! 打倒、イムラン!
 ぜったいに貴方たちは幸せにならなくちゃいけないわ!」
 本人たち以上に燃え上がるハヤトたちにあっけをとられながらも、キムランは感謝の言葉を口にした。
「あ、ああ…ありがとうよ。誓約者のアンタから口添えしてもらえば、兄貴もちったあ考えてくれるかもしれねぇ」
 イムランは身分で差別するようなところはあるが、力ある者は認めるところがある。だからこそ、イムランは忌々しくハヤトのことを思っているが、それ以上にその力については認めていた。

 だがしかし。

「ダメだダメだ! どこぞの馬の骨とも知れぬ娘を我がマーン家に嫁入りすることを認めるわけにはいかぬわ!」
「け、けどよぉ、姉貴だって認めてくれてるんだぜ?」
 ハヤトの説得も空しく、イムランはそれを拒否した。それどころかますます意固地になっているようにも見える。
 そんなイムランにキムランは姉の名前を出した。彼らの腹違いの姉、ファミィ・マーンは人畜無害な笑顔を浮かべておきながら、その実、容赦がない。マーン三兄弟の召喚術の師匠であり、特に覚えの悪く仕置きをされていたキムランにとっては恐怖の存在とも呼べる人物だった。その思いはイムランも同じらしく、思わずうぅと唸るがそれでもキムランを突っぱねた。
「…兎に角ダメだ。 そんなことではウォーデン家に、いいように言われるだけだ」
「そんな! あまりにもヒドイじゃない! ふたりは真剣に付き合ってるのに!」
 ため息を吐いて首を振るイムランに、リプレは思わず叫んでしまう。しかし、それでもイムランは首を縦には振らなかった。
「私は何も家柄のことだけを言っているのではない。
 キムラン、貴様、姉上がミニスを産んだ時のことを覚えているのか?」
「あ……」
 キムランはイムランに言われて、はっと顔を上げた。あの時、さんざん相手の男のことを一族から追及され、挙句の果てには何の根拠もない噂に尾ひれがついてまわり、当時の彼女は壮絶なる苦労を強いられたことだろう。そしてそのときのイムランたちには彼女を庇うほどの発言力もなかった。
 イムランはキムランに同じコトを繰り返すつもりなのかと訊ねているのだった。
「兄貴……」
「私とて、認めてやりたい。この機会を逃せば、彼女のような良い人間には巡り会わんだろうからな。
 しかし、彼女も姉上のように耐えられるとは限らん。
 …もし、本当に結婚してなお苦境に耐えられるという自信があるというのならば、一週間猶予をやろう。
 その間に召喚師としての力を身につけ、私に打ち勝て」
「ま、待てよ、兄貴! 一週間そこらで召喚術なんて覚えられるわきゃねーだろ!?
 一番要領のよかった兄貴だって三ヶ月でやっと姉貴に認めて貰えたんだぜ!? 無理だ!」
 すると、イムランはキムランから背を向いて、静かに言葉を紡いだ。
「…それが無理のようでは、来る苦境には耐えられはしまい」
 そして部屋を出ようとすると同時に、彼は小さく呟いた。
「これが私に出来る最大の譲歩だ。頑張れよ」



「ど、どうしましょう…」
 リキュールは思いつめた暗い表情で呟いた。ハヤトはイムランの出した課題の難易度が高すぎることをはっきりと理解していた。
 キールに教えてもらったことがあるが、一般人が覚えるには最低でも一年はかかるらしい。それもそうだ。本来ならば召喚術は門外不出のものである。それを覚えさせようとしたら、一から教えてやらねばならない。
 だが、イムランの言うことももっともである。無色の派閥の乱後、少しはサイジェントでは身分関係が緩和されたとはいえ、まだ貴族たちの平民を見る目は厳しい。
 しかし……
「でもさ、リキュールさんは目が見えなくてもここまで頑張れるようになったんだろ?
 目に見えないはずの花を綺麗だと言えて、俺たちに話しかけることもできた。
 だったらさ、もっと頑張ってみようよ。リキュールさんの力ならきっとうまくやれるはずさ!
 俺たちも協力するからさ!」
「そうよ! 私にできることは少ないけど、それでも精一杯ふたりのこと応援するから!」
 ハヤトたちの言葉に、キムランとリキュールはコクンと力強く頷いた。
「テメエら…ありがとうよ!」
「ありがとうございます…ハヤト様、リプレ様!
 私、頑張って見ます!」

 こうして、リキュールの花嫁修業もとい召喚術修行は始まったのであった。

 

 

 

 

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